俊光と菜子の、ホントはどうでもいい番外編
第5章 その4
*
高一の妹・菜子には、独自の言語がある。
通称・菜子語。
菜子はそれを、いつも無邪気に発する。
例えば、ある日の食卓で――
「ねぇねぇ俊光君。その『ひぃ辛(から)ピー』私にも貸してー」
左隣に座る菜子が、俺の持っている『タバスコ』を指差して、そう言ってきた。
「ひぃ辛ピー? ……あぁ、コレな。はい」
「ありがとー」
「ていうかさ、なんだよ。ひぃ辛ピーって」
「タバスコって『ひぃーっ、辛ぁーい!』って感じでしょ? だから」
「最後の『ピー』は?」
「辛い物を食べた時の効果音。辛くて熱くなったら『ピーッ!』って身体の穴という穴から音が出そうじゃん」
「ぷはっ、ヤカンじゃあるまいし。変なの」
という風に、最初は俺も小馬鹿にし、その場で一緒に聞いていた父さんも母さんも、可笑しそうにクスクスと笑っていた。
なのに、気がつくと――
「おい菜子。ひぃ辛ピーをそんなにかけて大丈夫か?」
「大丈夫だよー、俊光君。辛いの好きだし」
「菜子。次、お父さんにもひぃ辛ピー貸してな」
「うわぁー、お母さんはひぃ辛ピーなんて絶対無理よ。辛いのってホント苦手」
家族の間で、菜子語が世間一般の用語として浸透していた。
その結果、俺は大学の学食で――
「悪い智樹。そこにある、ひぃ辛ピー取って」
「だははっ! 俊光よ、その顔で可愛い言葉を普通に言うなって。惚れるだろ」
「っ! し、しまった……」
母さんはパート先のファミレスで――
「畑山さーん。五番テーブルに、ひぃ辛ピーお願いねー」
「えーと……池崎さん、ひぃ辛ピーって何ですか?」
「えっ!? あらやだっ、オホホホッ。な、何かしらねぇ?」
そして父さんも、母さんが勤めるファミレスの本社の会議で――
「……というわけで、ひぃ辛ピーをプライベートブランドで商品化をし、更なる経費削減を目指そうと……」
「へぇー。池崎部長、そのタバスコ、『ひぃ辛ピー』という商品名なんですね。可愛らしくていいですね」
「いっ!? いやっ、商品名ではなくて。これはその、『ひぃ辛ピー!』って叫びたくなる辛さにしたらどうかと思ってな。はははっ……」
それぞれの場所で、赤っ恥をかいたという。
しかし……俺達三人、菜子の影響を受け過ぎだろ。
―おわり―
作品トップ
目次
作者トップ
レビューを見る
ファンになる
本棚へ入れる
拍手する
友達に教える