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キセキ

第16章 Vol.16〜空白の時間

瞬く間に5年が過ぎた。
仕事も辞めて、私はひとりでアパート暮らしをしていた。
たまに娘からくるメールが、私の心の支えだった。

ある時、病気になった。
そんな大したことがない、風邪のようなものだと思う。

咳が出て、熱が出て、体がだるくて、
眠れなかった。

眠れなかったことはこれまでいくらもあるし、
風邪を引いたことだってあった。

夜、カチコチと鳴る時計の音がいやに耳についた。
しんとして、誰の気配もない狭いアパートで、
私は何度も寝返りを打った。

そして、本当に、本当に何の気なしだった。
彼に、久しぶりに、メッセージを送っていた。

『風邪ひいた』

一言だけだった。
真夜中だし、返事が来るわけもない、
返事が来たとしても、何の足しにもならない。

じゃあ、いったい、なんで私はこのメッセージを打ったのだろう?

ああ・・・馬鹿らしい。
私は、ごろりと寝返りを打った。

ぴんぽん

なにか聞こえる。

ぴんぽん

あれ?いつの間にか、眠っていたのかしら・・・

ぴんぽん

これは何?夢?
これは、何の音?

ぴんぽん

・・・ああ、チャイムの音だ。
あれ?今、何時?

ぴんぽん、ぴんぽん

枕元の時計を手繰り寄せると、午前5時をちょっと過ぎたところだった。

誰?と思って、ドアスコープを覗くと
そこに、彼が立っていた

なん・・・で?

混乱したけれども、鍵を開ける。
開くと、ずいとコンビニの袋を差し出された。

「冷えピタと、スポーツドリンク
 あと、ゼリー飲料とおかゆ
 それから、のど飴・・・・って、必要なのってこれくらい?」

どれも、もう、家にあるものばかりだった。

あ・・・と何か声が出そうになる。

「なにか、他に、ある?」

多分、メッセージに気がついて、急いで来たのだろう。
少し、額に汗が滲んでいた。

汗かきなのも昔のまま、だった。

上がっていく?
とは言えなかった。

玄関先で少しだけお話をして、
コンビニの袋を受け取った。

アパートの階段を降りていく彼を、
私は見送った。

コンビニの袋いっぱいの『無駄なもの』

変わらない。いつも、いつまでも変わらないあなた。
色々忘れちゃうくせに
いちばん大事なことだけは、こうして覚えていてくれて

俯いた私は
堪えた涙がこぼれないように
ぎゅっと、目を閉じていた。
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