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ふかひれ【3ページ短編】

第1章 お江戸の夜

「恨み?ふかがかい?それなら俺じゃなく漁船の親父にだろうよ!よし、お前ぇ何気に恐ろしい事を言うねぇ?」

「お、親分!先日の手足をもがれた事件、
 あれは漁船の男たちでしたよ!?」

「なに、じゃあふかの恨みだってのかい?
 よしてくれよ!」

耕吉が少し足早になって帰りを早めようとしたとき、女が急に立ち止まった

「よし?どうしたんだい、さっさと行こうぜ、お前ぇがおかしなことを言うからおっかなくなっちまったんだからよ」

「お、親分!よしの顔が……!!」


耕吉が女の顔をよく見えるように手提げの提灯を持つ腕を上げていく

すると女の顔はどんどん大きく、さらに細長く変わっていくのだった

「おのれ、お前ぇあやかしのたぐいだったか!?」

ぐんぐん頭は尖っていき、口元もどんどん大きく、さらに口からのぞく葉はのこぎりのように尖ったものがいくつも見えていった

まるでふか、サメのように!


安二郎が叫ぶ

「よ、ヨシキリザメッッッ!!」


「親分さん、あんたが食っちまったのはあたしの亭主だったさ!
 あたしが見つけたときはこと切れる寸前でね、たいそう恨んで恨んで、恨みながらあたしのところまでようやく帰ってきたのさ!
 亭主やられておめおめ泣いてもいられない、
 亭主のあだを討たなきゃあいけないからねっ!!」


「ひぃっ」

すっかり頭がヨシキリザメの姿になった女はすかさず耕吉の左腕にがぶりと噛みついた

そのまま頭をぶんぶん左右に勢いよく振り回したかとおもったら、ぶちん!と耕吉の左腕は引きちぎれてしまった

何とか残る右手で十手を握るも、同心以上の役職でしか持てないためまがい物の十手では心もとなかった

サメはそのまま耕吉に向かって体当たりをお見舞いすると既に血の気が引いて振らついていた耕吉は尻餅をつく

すかさず耕吉の右足はサメに食い付かれてしまった

「ぎゃあっ」

「親分!」

後ろで安二郎がへっぴり腰で棒っきれを握って構えているがそんなもの役に立ちそうにないさことぐらい本人が一番分かっていた

「安さん、あんたは亭主を食ってないようだから見逃してあげる、さっさと家に帰りな
 それにあたしの恨みはこの男で終わる」

安二郎は悲鳴をあげて江戸の町を走り去っていった

翌朝、手足の無い耕吉の身体が水路に浮かんでいた
まるでふかひれのように






おわり

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