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ふかひれ【3ページ短編】

第1章 お江戸の夜

3人は出来立ての夜泣きそばをすすりながら暖をとっていた

親父は気を利かせて湯がくための薪を足してくれていた

「あんた、なんて名だい?」

「すいません親分さん、私なんかのために全身濡らせてしまって……、あたし“よし”と申します」

「よし、なんだか理由ありのようだから今夜はかくまってやるよ、だけど朝には家に帰るんだぜ?」

「へぇ、親分さんには何から何まで世話になっちまって……、安さんも」

「汁まで飲んだら身体があったまってきたな、親父!銭は置いておくぜ」

3人は夜鳴きそばそばの屋台から離れた

3人が柳の下をとぼとぼ歩いている

安二郎は先ほどのそばの汁が濃いめだと気に入っているようだ

「ゆうべのそば屋の汁は薄かった、それにひきかえさっきのは醤油が濃いめで美味かったなぁ、
 同じそばとは思えねぇや」

「なんだい、安は昨日も食ってたのか?
 こうやっていろんな店が出てくれると夜回りも精が出るやね、奉行所の前のそば屋も良かったぜ?太い白ネギが乗ってあるんだがよ、それがおめぇ油で揚げてあるから美味ぇのなんのって」

「そりゃ美味そうだ、ちくしょう俺も奉行所のご挨拶に行っといたらよかった
 そういえば聞きやしたぜ?
 同心のお頭んところに行ったとき“ふかひれ”をいただいたらしいじゃねぇですか!?
 いいなぁ、おいらもあやかりたかった」

「ああ、あれは美味かった
 たまたまお館様んところに気仙沼からの船が挨拶がわりに大きなふかのひれを持って来られてたんだ」

男ふたりの何気ない会話にそれまで黙っていた女が口を挟んできた

「でも可哀想ねぇ、ひれだけ切り取ってふかのほうは海へ戻しちまうんでしょう?
 生きたまま海へ返すなんて酷に思えますね」

「そうさなぁ、海へ戻されたところですぐに生えてくるわけでもねぇし、そのままお陀仏だろうなぁ、でもふかはよぉ、身のほうはすぐに腐っちまって陸に上がったらもう臭くて臭くて
 食えたもんじゃねぇ」

「でもねぇ、親分さん
 手足をもがれたふかのほうはただ釣り上げられたわけじゃない、生きたまま海に放り出されて、息を引き取るまでのあいだ身体をジタバタくねらせて、もがきながら死んでいくんですよ?
 そりゃ食っちまった親分さんのことを恨みながら死んでいくに違いない」

女が恐ろしい事を口にし始めた


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