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リーニエント

第1章 ベロニカ


「な……に、やってんの?」


驚愕の瞳をベッドへ向けて立ち尽くすのは、ここ保健室の主である養護教諭の沼津 郁(ぬまづ かおる)。
少し中性的な雰囲気を纏った彼は、柔らかな物腰で男女問わず相談しやすいと生徒達に人気があった。

「あ、これは……その」

彼の記憶では貧血気味の女子が寝ていた筈なのだが、現在そのベッド上では馬乗り状態の男子生徒と、その下で必死に逃げようともがく女子生徒との攻防戦が繰り広げられていた。

「…ん、のっっふざけんな!」

「い"っっ!?」

「うーわぁぁ……」

痛そうだ。いや、あれは確実に痛い。
それは男なら誰もが縮みあがるであろう大事な急所である。
男子が郁に気を取られたのを見計らったように、組み敷かれていた女子の膝が見事クリーンヒットしたのだ。
直後飛び上がるように呻きながら転げ落ちた男子は、そのまま保健室から逃げ出していた。

「あっ、待ちなさい!」

「ほっときなさいよ。あんな奴」

「って、璃子(りこ)ちゃん大丈夫なの?」

開け放たれたままの扉を閉め、慌ててベッドの前へ近寄る。
璃子ちゃんと呼ばれた女子生徒は、彼の不安気な声とは対照的にカラカラと笑うと「大丈夫に決まってんじゃん」そうあっけらかんとして自身の膝をペチンと叩くのだった。

「あああーもう。やめなさい」

「過保護だね、先生」

そう言って微笑んだ彼女は小野 璃子(おの りこ)。
色素の薄い髪と白い肌の病弱なお姫様。
黙っていれば誰もがそう思うであろう薄幸の印象が強い彼女だが、膝蹴りを見舞う程の行動力を持つ豪胆さが真実である。


「傷になったらどうするんだい。あの男子は知り合いなの?」

「んーん、知らない。次見付けたら、どうしよっか」

「怖いこと言わないで。璃子ちゃん寝てたのに、鍵も掛けずに留守しちゃってごめんね……」

ふるると左右に首を振る彼女に安堵しながら、苦渋の表情で手首を手に取る。

「あちゃー赤くなってる……え、何されたのこれ」

「…えっっ!?」

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