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春のほどけ…戻れない距離

第3章 「皐月」—満ちていくもの

 1

「弥生さん、やっぱり来てくれた…
 待ってましたよ………」

 逃げる気ならば…

 避ける気ならば…

 いくらでも、どうにでもなっていたはず。

 だけどわたしは…

 早番上がりの定時のままに、病棟脇の、すっかり葉桜となってしまった桜並木脇の、職員駐車場へと、向かってしまった。

 まるで―――

「あ、とりあえず、俺のクルマにどうぞ…」

「…………」

「それとも…
 自分のクルマの方が、いいのかな?」

「ぁ………」

 目が、逸れない……

 わたしは、助手席のドアを開け、座る。

「あっ……んっ…」

 座った、瞬間……
 突然、彼の指が、耳元からうなじへと撫でてきた。

「ふ……」

 彼の唇が、歪む。

「…………」

「あ、そう、潤ちゃんは?」

「え?」

「ほら、二時間くらい…ね……」

 メガネの奥が、冷たく、いや…
 熱く……光った。

「あ……い、いつも……じ、実家に………」

「そう、それじゃ心配ないや、安心だ……」

「…………」

 ハンドルを握り直し…

「じゃ、行きますか……」

 彼のクルマが、静かに走り出す。

「あ、え…ど、どこ……に…………」

「え…、今さら聞くの………」

 一気に、騒ぐ…

「あぁ、そうかぁ、弥生さん、なぁんだぁ…」

「ぇ………」

 メガネの奥が、逸れずに見つめてきて……

「なぁんだぁ…
 どこの、ホテルに行くってことかぁ……」

「…………」

 もう、なにも、入ってこない―――



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