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君の体温は義務だった

第3章 体温

定時。

PCをシャットダウンする。
今日はどうしても残業する気になれなかった。

「お疲れさまでーす。」
「お疲れ。」

社員証を外し、リュックを肩に掛ける。

エレベーターを降りて外へ出ると、まだ夏の熱気が肌にまとわりついてきた。
駅へ向かう人の流れに身を任せて歩く。

今日は、このあと予定がある。

19時。
中央区ハグステーション3番。

相手は——識別番号 H-08341。

名前も、年齢も、顔も知らない。
知っているのは、それだけだ。

一度家に帰り、シャワーを浴びる。
仕事中にかいた汗を流して髪を乾かし、歯も磨いた。

別に、そこまでする必要はないのかもしれない。
ハグするだけなのだから。

それでも、見知らぬ相手に会う以上、最低限のエチケットくらいは整えておきたかった。

着替えて時計を見る。
18時12分。

少し早いが、「……行くか。」と呟いて家を出た。

中央区ハグステーション。
駅から少し歩いた場所にある、白い建物だ。

入口には見慣れたロゴマーク『HUG+』が掲げられ、その下に本日の予約状況が表示されている。

受付端末に手をかざした。

《本人認証完了》
《予約を確認しました》
《ハグステーション3番へお進みください》

「はいはい。」

機械的な案内に従って廊下を進み、3番と書かれた小さな個室の前で立ち止まる。
一度深く息を吐き出し、ドアを開けた。

そこには——男がいた。

若い。
俺よりかなり年下に見える。

華奢な身体に、白い肌。
男にしては綺麗すぎる顔、淡い髪。

向こうも俺を見つめ返してきた。

一瞬、お互いに言葉を失う。

初対面の男同士で、これから抱き合うのだ。
改めて考えると、なかなかに妙な制度だと思う。

相手が警戒するように少しだけ視線を動かした。
きっと俺も同じような目をしていただろう。

敵か味方か……なんて大げさな話ではないけれど、ただ「知らない人間」だからだ。
それ以上の理由はない。

気まずさに耐えかね、先に口を開いた。

「あっ……どうも。」
「……どうも。」

相手の声は小さい。
互いに探り探り、微妙な距離感を測り直す。

その時、壁のモニターに表示が灯った。

《本人確認完了》
《ハグ開始まで—— 3秒》

「……。」
「……。」

2秒。

1秒。

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