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君の体温は義務だった

第3章 体温

会話時間は、ほぼゼロ。
接触時間も、ほぼゼロ。
ストレス値だって、数値上は何の変化もない。
心拍数にだって、きっと大した影響は出ていないはずだ。

それなのに。

今日という一日の中で、俺の頭と胸に一番強く焼き付いているのは、あの階段でのわずか数秒間だった。

「……じゃあ。」

静かな部屋の中に、ポツリと自分の声が落ちる。

「今日の俺の心をちょっとだけ動かしたのは、一体何なんだ?」

腕のHUG Bandは何も答えない。
当然だ。こいつは俺の疑問に寄り添って答えてくれるような機械じゃない。

……いや、返事くらいはしてくるか。
『ストレッチの時間です』とか『深呼吸をしましょう』とか、頼んでもいない余計なアドバイスなら、いくらでもポップアップで画面に表示できるのだから。

俺は自嘲気味に口元を歪めた。

「お前、そういうところだぞ。」

Bandの画面を完全に消し去る。
部屋の中に、再び静寂と暗闇が戻ってきた。

ふと視線を向けると、窓の外には向かいのマンションの明かりがぽつぽつと灯っていた。

ひとつ。
ふたつ。
みっつ。

あの窓の向こうの明かりの数だけ、それぞれの生活がある。
誰かがテレビを見て笑い、誰かが夕飯を食べ、誰かが大切な人と電話をしている。
そして……誰かが、誰かを待っているのかもしれない。

……たぶん。

俺はそれ以上考えるのをやめ、窓の外から目を逸らした。

「……人と話した時間、か。」

さっきBandに突きつけられた画面の文字を思い出す。

13分。
仕事で同僚や牧野と最低限交わしたやり取りを全部かき集めて、やっと13分。

それだけ、俺は今日『人間』と言葉を交わしたことになっている。

なのに、俺の今日という一日を一番鮮やかに変えてしまったのは、言葉の会話ですらなかった。

ただ、ふと目が合って。
彼が、小さくほほえんでくれた。
本当に、ただそれだけだったのだ。

「……。」

吸い寄せられるように、俺はテーブルの上のスマホを手に取っていた。
ロックを解除し、連絡先の一覧を開いて無意識にスクロールする。

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