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君の体温は義務だった

第3章 体温

ソファに腰を下ろす。

その瞬間、手首がブッと小さく震えた。

HUG Bandだ。

液晶画面に視線を落とす。

【本日のコンディション】

心拍数:正常
体温:36.4℃
睡眠時間:6時間42分
睡眠の質:良好
活動量:標準
ストレス指標:32
会話時間:13分
孤独率:42%

【総合判定:安定】

無機質で、冷ややかな分析結果。
『お前の心身には何の異常もない』と、システムから一方的に告げられているようだった。

体調は悪くない。仕事もそれなりにこなした。飯も食って、シャワーも浴びた。
数値が示す通り、極めて平穏で、申し分のない一日だったはずだ。

だからこそ、この完璧な評価が、どうしようもなく胸の奥につっかえる。

Bandの画面をタップして表示を消した。
暗転した小さなディスプレイに、自分の顔がぼんやりと映り込む。

いつも通りの、ひどく普通で、何の起伏もない顔。
それが可笑しくて、自嘲気味に息を吐き出した。

「……まあ、そうか。」

データ上は、それ以上でもそれ以下でもない一日。
システム上は『安定』という記号で片付けられる日常。

それなのに。

胸の奥の鼓動は、データが示す数値よりもずっと熱く、静かに波打っていた。

脳裏に蘇ってくるのは、今朝の光景だ。

駅の階段。
押し寄せる朝の人の波。
雨上がりの湿った空気。
地下から吹き抜けてくる、電車の冷たい風。

そしてーーあの階段ですれ違った彼。

ほんの一瞬のことだった。
視線が交わって、たぶん一秒にも満たない時間。

けれど、彼は確かに俺を見て、小さくほほえんだのだ。

ただ、それだけ。
データには反映されない、数値を何ひとつ変化させないような、ほんのささやかな出来事。

それなのに、なぜこんなにも胸の深い場所が温かく満たされているのだろう。
システムが算出した『孤独率42%』という無機質な数字を、あの瞬間の記憶だけで一気に塗りつぶしてしまえるような気がした。

「……。」

暗い画面を見つめたまま、俺はそっと自分の手首を包み込んだ。
Bandが記録しない自分の本当の感情が、そこには確かに存在していた。

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