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My Godness~俺の女神~

第1章 Prologue~序章~

「悠理クン?」
 客の声で現実に引き戻され、俺は慌てて笑顔で取り繕った。
「済みません。つい、ボウっとして」
 客は本当は人の好いおばさんなのだ。俺の物想いも言葉通りだと思ってくれたらしく、シャネルのバッグからニナ・リッチの財布を無造作に取り出し、中から一万円札を数枚引き抜いた。
「これでお母さんに何か栄養のつくものでも買ってあげなさい」
 妙なもんだと思う。つい今までは俺を恋人扱いしていた癖に、こういうときは、この人は息子に対するような物言いをする。
 もしかしたら、俺の母親も今頃は息子のような歳の若い男と一緒なのかもしれない。元々、亭主と息子を棄てて男の許に走るような無節操な女だ。自分の母親が今の客とふいに重なり、俺は堪らない不快感に駆られた。
 思わず渡された数万円を突き返してやりたい衝動を襲われた。しかし、これを返すわけにはいかない理由があった。
 俺は握りしめた指の関節が白くなるくらい強く力を込めた。
 具合の悪い身内がいるというのは満更、嘘ではない。早妃の具合が良くない。
 結婚しているというのは店には内緒だ。基本的に彼女、恋人というのは許されるが、妻子持ち、所帯持ちは規格外である。まあ、そこは余計な揉め事を避けるための店側の配慮だろう。なので、早妃は妻ではなく、あくまでも同棲中の彼女ということにしていた。
 早妃の胎内には今、俺の子どもが宿っている。妊娠が判ったのは四ヶ月前のクリスマスだ。早妃が
―できたらしいの。
 と言った時、俺は一瞬、ポカンとした。何のことなのか本当に判らなかったんだ。
 そうしたら、早妃が少し小さな声で〝赤ちゃんができたらしいの〟と恥ずかしそうに言う。そのときの彼女、とても可愛らしくて思わず抱きしめてやりたくなった。
 翌日、二人で近くのクリニックを受診し、妊娠が判った。あれから四ヶ月経ち、早妃のお腹はもうかなり大きい。予定日は七月、今は四月に入ったばかりだから、あと三ヶ月もしない中に俺と早妃の子どもが生まれてくる。

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