テキストサイズ

My Godness~俺の女神~

第2章 ♯Accident♯

 今になって急に結婚だなんて、しかもニューヨーク支社に行くための条件を満たすために? 
 冗談ではない。自分が仕事に夢中なときには実里の心のなど考えもせず、今更、結婚?
 実里は考えた。自分は今まで、彼の何をどう見ていたのか。潤平と知り合ったのは、短大の手話サークルに入ったのが馴れ初めだった。F大の法学部に入ったばかりの彼とは同年だったけれど、短大を卒業した実里の方がひと脚早く社会人になった。
 それでも、二人の恋は続いた。二人ともに地元で生まれ育った人間だったのも幸いして、遠距離恋愛になったのは潤平が今の会社に入って四年目にインドのニューデリー支社に一年の期限付きで転勤させられたときだけだった。そのときは実里も一度、インドを訪れている。
 潤平は俺様で多少我が儘なところはあるがも、基本的には根は悪くない男だ。上から目線で常に〝俺について来い〟のタイプだから、上手く付き合えば、扱いやすい男だともいえる。多少の虚栄心を満足させて、相手を怒らせない程度に実里も自分を主張する。いつしか、実里はそんな風に潤平の前では自分をコントロールするすべを身につけていた。
 だが、果たして、それが良かったのかどううか。今となっては疑問を抱かずにはいられない。潤平の顔色を窺いながら付き合っている間中、実里は本当の自分でいられたのだろうか。彼の前で見せる自分は所詮、偽りの自分でしかなかったことに、今頃、漸く気づいたのだ。
 物分かりが良くて、従順で女らしくて可愛くて。それが潤平の好みの女の子だった。思えば、実里はずっとこの八年間、彼の望む理想像を演じてきたにすぎない。
 図らずも今回の騒動で、実里は自分たちが八年もの歳月をかけて築いてきたものが空しい幻のようなもの―砂上の楼閣に過ぎないことを知ってしまった。
 知らなければ何とか自分を騙し騙し彼との関係を続けていられたろうが、知ってしまったからにはもう今までどおりではいられない。かといって、今になって潤平と別れて別の男を好きになり、また一から始めると考えるだけで、気が遠くなるようだ。
 恋愛について、どうも自分はあまりに臆病というか怠惰になりすぎてしまったらしい。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ