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My Godness~俺の女神~

第2章 ♯Accident♯

 殊にそこが救急病棟であるだけに、雰囲気はいっそう重く沈んでいるように見える。
 座り心地の良くない固い長椅子がぽつんと放り出されているように廊下に置かれていた。実里はその椅子にもう一時間半も座り続けているのだった。
 そのときだった。
 薄気味悪いほど静まり返っていた夜の病院には不似合いな足音が聞こえた。廊下を駆けてくる足音は真っすぐに近づいてくる。実里は無意識の中に、その足音に身体をかすかに震わせた。
 それはやがて実里を見舞うことになるであろう運命の迫り来る足音だったかもしれない。やがて足音がぴたりと止んだ。
 実里は弾かれたように顔を上げた。視線の先に、一人の男が佇んでいた。無機質な光が照らし出す男の顔は硬く強ばり、この世のすべてを拒絶しているように頑なに見えた。
 実里は咄嗟に立ち上がり、深々と頭を下げた。何も訊かなくとも判る。この男はあの妊婦の縁(ゆかり)の人、恐らくは近しい関係にある人だ。年の頃から見れば、夫だろう。
 後から彼の影のようにひっそりと現れたのは、やはり男と同じ年頃の男性だ。こちらは沈痛な面持ちではあっても、先の男性よりは切迫感が感じられない。やはり、先に駆け込んできた男性の方が妊婦の夫に違いない。
「この度は本当に申し訳ないことをしてしまいまして、何とお詫びを申し上げて良いものか判りません」
 申し訳ありませんでした。
 実里は更に消え入るような声で繰り返した。謝って済む問題ではないのは承知しているが、今はただ頭を下げるしかなかった。
 男はただ冷淡な眼で実里を睨みつけ、視線をすぐに逸らした。まるで実里をこれ以上は視界に入れたくないとでもいうように。 
 それも当然だろう。この男性にとって、自分は憎んでも憎みきれない、いや殺してやりたいほど憎い相手だろうから。
 実里が続けて何か言おうとしたのと、処置室の扉が開いたのはほぼ同時のことだった。
 と、眼前の男性が弾丸のような速さで走っていった。ちょうど前に立っていた実里は男性にもろに突き飛ばされる形になった。もちろん、男性は無我夢中で、実里を突き飛ばすつもりはなかったろう。実里は勢い余ってよろけて、危うく転びそうになった。
 すんでのことろで踏ん張り、転ばずには済んだ。

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