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My Godness~俺の女神~

第2章 ♯Accident♯

「―大丈夫ですか?」
 横から控えめな声がかけられ、実里は虚ろな視線を動かした。
 見れば、妊婦の夫と思しき男と共にいた連れの男が側に来ていた。
「あいつ、今、動転しちまってるから」
「判っています。悪いのはすべて私ですから」
 実里はうつむいた。
 白衣を着た中年の医師が出てくる。男が近寄ると、医師は看護士と同じ科白を口にした。
「患者さんのご家族の方ですか?」
 男は幾度も頷いた。
「はい、夫です」
 やはり、実里の予測は当たっていた。
 医師は気の毒そうに彼を見つめてから、静かな声音で言った。
「残念ですが、持ち堪えられませんでした。下肢を複雑骨折していて、内臓の損傷も見られましたね。出血もひどかった。死因はショック死です」
 男が噛みつくように叫んだ。
「子ども、子どもは? 早妃の腹には俺たちの赤ん坊がいたんだ」
 銀縁めがねの医師は眼を伏せ、かすかに首を振った。
「先にお子さんの方が亡くなられました。もし赤ちゃんが元気であれば、すぐに帝王切開でもして、お子さんだけは助けたかったのですが。力を尽くしましたが、及ばず、非情に残念に思っています」
 医師は申し訳なさそうに小さく会釈し、そのまま静かに歩み去っていった。
 あの女(ひと)が死んだ―。お腹の赤ちゃんも。
 諦めにも似た絶望が実里の心にゆっくりとひろがってゆく。
―お腹に、お腹に、赤ちゃんが。
 雨に濡れて倒れ伏していた女性の姿と消え入るような声が一瞬、耳奥にこだました。
 ほどなくして、ストレッチャーに乗せられた女性が看護師たちによって運び出されてきた。
「早妃、早妃ィー」
 そのときの男の声を実里はこれから先、何があっても忘れないだろうと思った。まるで魂を引き裂かれるような悲痛な声だった。
 実里はゆっくりと男に近づいた。
 何をどう言えば良いのだろう?
 謝罪、慰め?

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