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My Godness~俺の女神~

第2章 ♯Accident♯

「なあ、頼むから返してくれよ。あいつの腹には赤ん坊がいたんだぞ? あと三月(みつき)もしたら生まれるはずだったんだ。なあ、お願いだから、早妃と赤ん坊を返してくれよ」
 男は実里の胸倉を掴み、烈しく揺さぶった。揺さぶられるままに、実里の身体ががくがく
と動く。意思のないマリオネットのように小柄な身体が揺れても、実里はただ相手のなされるままになっていた。
「おい、止せ」
 友人が見かねて男を止めに入り、なりゆきを見守っていた看護士二人も色を変えた。
 最後に処置室から出てきたもう一人の若い医師が駆け寄ってきて、男の片腕を掴んだ。
「離せよ、こいつを殺してやる。早妃の代わりに、俺がこいつを地獄に送ってやる」
 男は手負いの獣のように烈しく暴れた。
「何をしているんですか! 止めて下さい。哀しみが大きいのは理解できますが、ここは病院ですよ。気を確かに持って下さい」
 若い医師の声が深夜の深閑とした病院に響き渡った。
 ついに友人に後ろから羽交い締めにされ、男は抵抗を止めた。
「悠理。そんなことしたら、早妃さんがかえって哀しむぞ? なあ、早く家に連れて帰ってやろうや。早妃さんも帰りたいってきっと思ってるだろうからな。ここは暗いし寒すぎる」
 友人が宥めるように言い聞かせ、男はがっくりと肩を落とした。
「早妃、早妃―」
 悠理というのが男の名前なのだろう。男は女性の亡骸にくずおれるように取り縋った。
 心を引き裂くような咆哮が洩れ、男性が早妃と呼ぶ妻の頬に頬ずりしながら号泣する。到底、見ていられない光景だ。
 悠理から手を放した友人が実里に小声で言った。
「もうここは良いですから、帰って下さい」
 でも、と言いかけて、実里は口をつぐんだ。確かに彼の言うとおりだ。実里がここにいても、何の意味もなく、ただ嘆き哀しむ人が怒りと憎しみを余計に募らせるだけだ。
「明日は君も取り調べがあるんだろう? 早く帰って休んだ方が良い」
 被害者の夫側の人なのに、実里には好意的に接してくれるのは涙が出るほどありがたかった。
「それでは、これで失礼します。何か私にできることがあれば、何なりとおっしゃって下さい」

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