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My Godness~俺の女神~

第1章 Prologue~序章~

「あら、口紅なんて、また塗り直せば良いだけなのに」
 おばさんは満更でもないような表情で頬を染める。この女は毎回、俺を指名してくれる言わば常連さんだから、間違っても嫌な顔は見せられない。もう、ここに通い出して二年近くになるんじゃないか。
 確か五十二になるとか聞いたが、まあ、年齢と見た目もどっこいどっこいってところか。特別に美人というわけでもないし、ブスというわけでもない。―どころか、こんないかにも平凡そうなおばさんがホストに狂ってるなんて誰も信じやしないだろう。
 客とホストの間では携帯の番号とか個人的な情報の交換は基本的にしないことになっている。それは店の規約にもちゃんと明記されていることだ。もっとも、その規約を何人が守っているは知らないが。
 たまにホストの営業用のお愛想を本気にして、のめり込んでしまう客がいる。そういう客が実はいちばん厄介。このおばさんのように、気晴らしは気晴らしと割り切ってここに来ている連中は、俺たちホストにとっては実はありがたい客なのだ。後腐れがないから。
 本気になった女ほど怖いものはない。夢中になったホストの私生活にまでずかずかと入り込んでこようとするし、ホスト本人も店も大迷惑だ。まあ、十年くらい前に、まだ新婚の若妻とナンバーツーのホストが夜逃げしたって話は俺も聞いたことがあるかな。
 そいつらは両方がマジになって駆け落ちしたっていう稀な例だけど、そんなことはまずあり得ない。ホストたちにもちゃんと彼女や恋人がいるし。客の相手はあくまでも金のため。それはキャバ嬢が客に振りまく愛想が見せかけだけのものだってことと同じ理屈だ。
 客とだって、寝ることはある。ま、うちの店では基本、それは禁止事項に入ってるけど。守ってるヤツは少ないんじゃないかな。俺たちは、それをアフターと呼ぶ。アフターサービスの略だ。店内で客と性的関係を持つのはご法度、やりたきゃ外でやってくれってわけ。
 さっきの本気になったらヤバいって話と重なるが、女って不思議な生き物だ。身体を重ねてしまえば、男が自分のものになったと錯覚してしまう。だから、店ではアフターは禁止されてるんだ。つまり禁止というよりは、そこから先はどうなっても、店は責任持たないぞ、当人同士で勝手にやってくれってことでもある。

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