テキストサイズ

My Godness~俺の女神~

第3章 ♯Vengeance(復讐)♯

「そうかもな」
 悠理は自棄のように頷き、立ち上がった。ふらつく脚で部屋を横切り、隣の小さな板敷きのスペースに行く。そこが流し場のあるスペースで、いわば台所の役割を果たしていた。二人が暮らしたのは、この六畳の和室と三畳ほどの板の間二つきりの木造平屋建てのアパートだった。
 それでも、悠理は幸せだったのだ。早妃さえ、側にいてくれれば。
 悠理は小さな冷蔵庫を開け、新しい缶ビールを取り出す。そのままプルタブを引き抜き、一気のみしようとしたところを脇から柊が奪い取った。
「良い加減にしろッ。まだ俺の言いたいことが判らないのか」
「返せよ」
 悠理がビールを取り戻そうとして、勢い余って、缶が吹っ飛んだ。その拍子に柊の顔にまともにビールが飛び散り、彼は顔から身体からビールの洗礼を受けることになった。
 素直に詫びる気にもなれず、悠理はプイと横を向いた。
 柊は哀しげな眼で悠理を見た。
「今日のところは帰るよ。だが、俺が今日、お前に話したことをもう一度、よく考えてみてくれ」
 ドアが閉まる音が聞こえ、悠理は両手で髪を掻きむしった。
 事故のあった日から、既に十日が過ぎていた。早妃の葬式は近くの会館で簡略に済ませた。
 柊はあの女を庇うが、あいつは葬式にすら顔を出さなかった。本当に済まないと良心の咎めを感じているならば、葬式くらいは顔を出すはずだ。来なかったということからも、あの女が今回の事故に対して、さほど何も感じてはいないことが知れる。
 恐らく上手く罪を逃れられたので、とうに忘れているのだろう。まあ、来たとしても、俺が追い返してやっただろうが。
 柊の話では、とうにあの女の取り調べも終わり、事件はひと段落しているようだ。
 そうやって、事故は忘れ去られてゆく。身重の女が一人、車に撥ねられて死んでしまったことなど、世間はなかったことのように直に忘れてしまうのだ。
 だが、そうはさせるものか。
 悠理は固く唇を引き結び、真正面を見据えた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ