テキストサイズ

My Godness~俺の女神~

第3章 ♯Vengeance(復讐)♯

 たとえ誰が忘れても、この俺は忘れない。早妃は俺の宝だった。俺の宝を突然、奪ったあの女―、名前すら知らないあの女を誰も咎めないというのなら、天に変わって、俺があの女に鉄槌を下してやる。
 そう、裁くのは天でもなく警察でもなく、この俺だ。早妃が味わった苦しみを倍にして、あの女に味合わせてやるのだ。
 復讐を遂げなければ、俺は始まらない。早妃を失った後の人生を始めることなどできはしない。
 なあ、柊。本気で俺を心配してくれるお前には悪いが、俺は自分の思うようにするさ。
 悠理はクックッと低い声で笑った。
 忘れようとしても、忘れさせるものか。
 その双眸の奥に蒼白い復讐の焔が閃いた。
 
 実里は空を振り仰ぎ、小さく身を震わせた。
 こんな空模様は嫌いだ。まるで今にも泣き出しそうな空は低く垂れ込め、グレーの絵の具一色に塗りつぶされた画用紙のようだ。
 時折、薄陽がベールのような雲間から細く差し込みはするものの、空の色は明らかに不穏な兆候を示しつつある。
 もっとも、曇り空を嫌いになったのは、つい最近のことである。いや、もっと正しくいえば、曇りが嫌なのではなく、曇り空の次に来るもの―雨が嫌いなのだ。
 雨の日はとても怖ろしく嫌なことを思い出させる。真っ暗な夜道をふらふらと漂うように歩いていた白い服の女。その女に実里の運転する車がぶつかって―。
 実里は両手で顔を覆った。ああ、誰でも良いから、この底なしの暗闇から救い出して欲しい。あの女性が亡くなる前、一瞬、脳裏に思い浮かべたことは嘘ではなかった。こんな想いをするほどなら、自分が代わりに死んでいれば良かった。
 この手で、私は人を殺したのだ。たとえ直接に手を下してはいなくても、悪意はなかったとしても、自分のせいで一人の女性が死んだ。しかも、彼女はその身に新しい生命を宿していた。つまり、実里は二人の生命を奪ったことになる。
 実里の瞼であの日の凄惨な光景がフラッシュ・バックする。路上に倒れ伏していた白いワンピースの女が大きくクローズ・アップされる。まるで棒切れか何かのように道に転がっていた。濡れた髪が白い服に張り付いて―。
―赤ちゃん、赤ちゃんが、お腹に。
 ただひと言、落とした呟き。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ