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My Godness~俺の女神~

第3章 ♯Vengeance(復讐)♯

 向こう側からもこちらに向かって歩いてくる人がいる。最初は逆光になってよく見えなかったが、やがて、その人物がはっきりと見て取れた。丈長の薄いブルーと紫のストライプのシャツに、インディゴブルーのジーンズに包まれた両脚は日本人には珍しいくらい長い。茶色がかった長めの前髪の間からかいま見える端正な風貌は、溝口早妃の夫悠理に相違なかった。
 何を言えば良いのか判らないまま、頭を垂れると、いきなり腕を掴まれた。声を上げる間もなく引きずられるようにして後戻りする。
 背後には数分前に出てきたばかりの会社のビルが聳え立っていた。悠理は何をするのかと思えば、また突然、実里の身体を突き放した。勢いで実里の小柄な身体は脇へ飛び、よろめいて尻餅をついた。無様な格好の彼女を、悠理は腕組みなどし睥睨している。
「結構なところに勤めてるんだな。ここの会社、良いとこの坊ちゃん嬢ちゃんしかコネで入れないんだって?」
 そんなのは言いがかりだ。現に実里はちゃんと試験を受けて採用されたし、遠縁の端々まで探し回っても、ここの会社に縁の人はいない。
 実里は座り込んだまま、無表情に悠理を見上げた。
「ところで、そんな格好のままじゃ、中が見えてるんだけど?」
 最初は何のことか判らず、やっと彼の意図が判った。スーツのスカート丈が膝少し上なので、姿勢によっては下着がちら見えしてしまうことがあるのだ。
 実里は頬を赤らめ、恥ずかしさに消え入りたい衝動と闘いながら立ち上がった。無意識の中にスカートの皺を伸ばす。
「本当に申し訳ありませんでした」
 この男の顔を見れば、同じ科白を口にするしかない。しかし、悠理はそれには何の反応も示さなかった。
 と、突如として大声で叫び始めたのだ。
「皆さん、この女は十日前、F町の住宅街で人を撥ねたんですよ。妊婦を車でひき殺した人殺しなんです。そんなヤツが何の罰も受けないで、こうしてのうのうと陽の当たる道を歩いてるなんて、おかしいと思いませんか?」
「―!」
 流石に実里も声がなかった。
 よもや実里の退社時刻を見計らって姿を現し、近隣に響き渡る大音声で〝人殺し〟と叫ぶとは。

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