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My Godness~俺の女神~

第3章 ♯Vengeance(復讐)♯

 今も白い高層ビルからは吸い出されるように次々と社員たちが出てくる。今が丁度、定時の退社時刻なのだ。
「この女は人をひき殺したんだ! それもあと三ヶ月で赤ん坊を生むはずの妊婦をひき殺したんですよ」
 行く人、行く人に聞こえよがしに同じ科白を口にしている。その様は到底、尋常とは思われなかった。
 道行く人の反応は様々だ。半数の人は知らん顔をして通り過ぎるが、残りの半分は好奇心と軽蔑の入り混じったまなざしを実里にくれてゆく。中には実里の方を指さし、いかにも意味ありげに囁き交わして通り過ぎる女子高生の二人組もいた。
 実里の眼に熱いものが滲んだ。駄目だ、泣いては駄目。これは当然の報いなのだ、人一人をひき殺してしまった罪への。
 でも、このまま、この場所にいるのは耐えられそうもなかった。実里は両手で耳を塞ぎ、泣きながら横断歩道を渡った。
 涙が溢れて出て止まらなかった。
 どこをどのようにして帰ったのか判らない。実里が両親と暮らす自宅は会社から歩いてもせいぜい二十分程度である。あの不幸な事故のあった住宅街からほど近い一角に暮らしているのだ。気がついたときには、自分の家に辿り着いていて、二階まで駆け上がり自室のベッドに身を投げ出していた。
 両親が留守をしていたのは幸いだった。実里の父は町役場に勤める謹厳実直な公務員であり、母親は駅前のスーパーへレジ打ちのバイトに行っている。
 二人ともに実里が起こした事故については、極力触れない。あの日以来、まるで腫れ物に触れるように実里を扱っていた。父も母も衝撃を受けているのは明らかだが、娘が不起訴処分になったことでもあり、これ以上、嫌な事には触れたくないという気持ちがありありと窺えた。
 少なくとも、この小さな家の中では表面だけは淡々とした以前と同じ時間が流れているかに見えた。それは社内でも同様だ。
 あの事故はこの町では圧倒的購読数を誇る地方紙の二面に出た。スペースはさほど大きくはないが、眼を通した人は少なくなかったはずである。翌日から熱を出して会社も休まざるを得なかったが、何人かの知り合いには
―大丈夫? 大変だったわね。それで、どうなったの、その後は。
 と、慰めとも単なる野次馬根性とも取れないような科白をよこされた。

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