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My Godness~俺の女神~

第4章 ♯Stalker(忍び寄る影)♯

 その場全体が息を呑んだかに見えた。ウエイターたちは拘わりにすらなりたくないというように、遠巻きに離れて眉をひそめている。店のテーブル席をほぼ三分の二ほど埋め尽くした客たちは小声でしきりに囁き交わしていた。

 店を出た後、潤平はすごぶる機嫌が悪かった。むっつりとして、実里が差し出したハンカチで滴る赤い滴(しずく)をぬぐっている。
「潤平さん、私のためにああ言ってくれたのは嬉しかったけど、あれは言い過ぎだわ。たとえ刑事責任には問われなかったとしても、私があの人の奥さんを轢いてしまったのは事実だもの。今、奥さんを失った哀しみの底にいる人にあんなことを言えば、かえって逆効果よ」
 店から少し離れた駐車場まで行き潤平の運転する白いセダンに乗り込んでからも、実里は懸命に訴えた。だが、運転席に乗り込んだ潤平は氷の彫像のように冷ややかな横顔を見せている。
 ややあって、潤平が低い声で言った。
「これからホテルに行こう」
「え?」
 実里は愕いて眼を瞠った。
「スーツも濡れてしまったし、着替えたい。ホテルに着く前にどこかの店で使い捨てにできるような服を買えば良い」
「潤平さん、ホテルって」
 実里は予期せぬなりゆきに狼狽えながら問う。
「俺は今まで実里を少し大事にしすぎた。実里が結婚するまで待ってくれって言うから、キス以上はしなかったけど、そろそろ次の段階に進んでも良い頃合いじゃないのか、俺たち。むしろ、八年も付き合いながら、いまだに実里を一度も抱いていないなんていう方が不自然なんだ」
「待って。私はまだ潤平さんと結婚するって決めたわけではないのよ」
 潤平の眼に欲望とも怒りともつかない感情が燃え上がった。
「良い加減にしてくれよ。今日日、女子高生だって、お前のようなガキみたいなことは言わないぜ」
「あんなことがあったばかりなのよ、そんな気になれないわ」
「あんなこと?」
 意外そうな口ぶりに、実里は眼に涙を滲ませて言った。

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