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My Godness~俺の女神~

第5章 ♯Detection(発覚)♯

 しかし、実里だって、潤平だけを責められはしない。自分もまたこの男に対して真心を与えようとしたことがあっただろうか。
 結婚という保険を手にするための一つの手段、言うならば安全パイのような存在がもしかしたら潤平だったのかもしれない。 
 それでも、実里は確かに潤平を愛していた。いや、愛しているとまではいえなくても、ある特定の感情を抱いてはいた。もしかしたら、結婚という二人の関係を変えるチャンスを経て、その感情が愛に変わることもあったかもしれない。
 でも、潤平は自らその可能性を断ち切ってしまったのだ。もう、この男に未練も期待もない。
「さよなら」
 実里は潤平に今度こそ背を向け、歩き出した。今度は潤平も追いかけてこようとはしなかった。
 梅雨の合間の晴れ間から一転して、外は雨が降り始めていた。あの不幸な事故があって以来、雨は嫌いになった。
 だが、今夜だけは雨が降ってくれて、ありがたいと思わずにはいられない。
 途切れることのない涙を優しい雨が隠してくれる。
 実里は頬を流れ落ちるのが涙なのか、雨なのか自分でも判らなかった。
 マンションの前には小さな花壇があった。もうすっかり海色に染め上がった紫陽花が雨に打たれて、しっとり濡れている。エメラルドグリーンの葉の上にジルコニアのように煌めく滴が無数にのっている。
 実里は人差し指でそっと水滴の一つに触れた。何故か、その滴を見ていると、あの赤ちゃんの笑顔が瞼に浮かんだ。束の間、かいま見たにすぎないのに、不思議とくっきりと眼裏に灼きついている。
 小さな顔に黒い大きな瞳が冴え冴えと輝いていた。そう、丁度、緑眩しい葉の上の滴のように。
 実里は腹部に手のひらを当てた。まだここに新たな生命が息づいているとは思えないほど、平坦でふくらみは感じられない。
 けれど、今も目覚ましい勢いで育っている新しい生命がここにある。その瞬間、実里の中に強く訴えかけてきた感情―、それは母性、であった。
 道端の花がこうして生きているように、お腹の子も大きくなろうと一生懸命頑張っている。やがて、生まれた出た子は自分の人生を生き、自分なりの花を咲かせるだろう。

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