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My Godness~俺の女神~

第5章 ♯Detection(発覚)♯

「判りました」
 実里は頭を下げた。
 つまり、実里は会社を辞めざるを得なくなった―ということだ。
「入倉君」
 部長室を出ようとした実里の背後からムシさんの声が追いかけてきた。
 実里が振り向くと、ムシさんが心配そうに言った。
「それで、君はどうするつもりなんだね? ああ、この質問は人事部長ではなく、君と同じ年頃の娘を持つ一人の父親として聞いているんだが」
 実里は微笑んだ。
「私は生もうと考えています」
 何故か、ムシさんの小さな顔がパッと明るくなったような気がした。
「それは良かった。いや、僕は君に止めて欲しくはないんだよ。でも、折角、授かった生命だ。もしかしたら、僕は君が生まない選択をするんじゃないかと思ってね。娘が連れてきた男は職にもついてなくて、アートグラフィックデザイナーの卵だとかなんとかいって、本当に頼りない男だった。こんなヤツに大切な娘をやれるものかと断固反対してやったら、娘のヤツ、しまいには結婚を許さないのなら、お腹の赤ん坊を中絶するなんて言い出して、これがまた大慌てさ。僕と家内にとっては初孫なんだ。しかも、娘は三十だからね。それで、仕方なく、だよ」
 ムシさんの言葉は心に滲みた。そのときのムシさんの今の顔は少なくとも渋面ではなかった。
「元気な子を産みなさい。人事部長としてはしてあげられることは何もないが、個人的なら話は別だ。困ったことがあれば、いつでも自宅の方に訪ねてくると良い」
 ムシさんは名刺に住所と解り易い地図まで書き添えてくれた。
「長い間、お世話になりました」
 実里は深々と頭を垂れ、部長室を後にした。
 夕方になった。
 会社が退けてから、実里は大木ひかるを駅前の喫茶店に誘った。
 例の溝口悠理の友達だというホスト片岡柊路とここで逢ったのは、もう二ヶ月も前になる。あれ以来、柊路からは二、三度、連絡があった。その度に短いやりとりを交わした中からは、彼が実里のことを真剣に心配してくれているのが判った。
 しかし、実里の方から柊路に電話することもなく、その中に彼からの連絡は途絶えた。

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