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Memory of Night 番外編

第2章 Episode of YOI


「それは明に言えよ。桐原が帰って、ずいぶん慌ててたみてーだし」

「うん。明ちゃんには謝った」

「ならいいじゃん」


 宵はうっすらと口元に笑みを浮かべ、目元を和らげた。

 オレンジ色の光に照らされ、その表情は妙に艶めいて見える。

 愛美の心臓が、どくんと音を立てる。


「またな」


 それだけ言って、宵は再び愛美に背を向けた。

 その挨拶が儀礼的なものであることはわかっているのに、それでも嬉しいと感じてしまう。

 彼はもう振り返らなかった。

 この教室を出て行ったら、おそらく話すことはない。

 それどころか、引っ越してしまえば、姿を見ることも声を聞くこともできなくなってしまうのだ。

 覚悟はしていたはずなのに、その事実が、今になって愛美の心にのしかかる。

 もう話せない――もう会えない。


(やだ……っ)


 今じゃなければ、いけない気がした。今彼のことを引き止めなければ、この先彼に関わることはない。

 愛美は自分の心を奮い立たせた。

 勢いよく立ち上がり、宵が着ている黒いセーターの袖を引っ張る。

 膝に載せていた教科書や筆箱などの一式が、再び床に散らばる。

 愛美はそんなものには見向きもせずに、驚いたように振り向く灰色の瞳を必死の形相で見つめた。

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