淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第7章 天上の楽園
「つまらない」
小さく声に出して言ってみる。
と、居間の扉が突如として開き、春泉は思わず片手で口許を押さえた。
秀龍が顔を覗かせる。
「今、ちょっと良いかな?」
「はい」
もしや、先刻のぼやきを聞かれてしまったかと一瞬蒼くなったものの、どうやら秀龍は何かに心囚われているようで、まるで上の空である。
「旦那(ソバ)さま(ニム)。何かご用でも?」
問いかける視線を向けると、秀龍は〝う、ああ〟と口ごもり、幾度も頷いた。
「そなたに見せたいものがあるのだ。出かける支度をしてくれ」
春泉のまなざしが揺れる。その黒眼がちの瞳に不安がまたたくのを、秀龍は見逃さなかった。
「頼むから、そんなに怯えた眼で見ないでくれ、もう何もしない。そなたの厭がるようなことは一切、絶対にしない」
秀龍の優しい言葉に、春泉が逆らえるはずもない。初夜では無理に押し倒されてしまったものの、あれからの秀龍は言葉どおり、とても優しい良人だ。毎晩、床を並べていても、春泉に触れてこようとはしない。
それでも、時折、ふっとした拍子に春泉は秀龍が怖くなった。春泉が全く気づいていない時、秀龍が怖い眼で彼女を見ていることがあるのだ。まるで鷹が狙いを定めた獲物を少し離れた場所からじいっと眺めているような―、身震いするような怖い眼だ。
その思いつめた切迫したようなまなざしは、どこか初めての夜に彼が見せた表情と通ずるものがある。
だが、それは恐らく自分の考え過ぎにすぎないのだろうと思う。こんなに―今のように春の陽溜まりみたいに温かく笑う秀龍が怖いはずがない。
春泉は急いでオクタンを呼んで、出かける支度を整えた。
「あの、旦那さま」
春泉は控えめに言う。
「オクタンもついていってはいけませんか?」
「う―、それは」
秀龍が明らかに当惑した様子を見せるのに、利口なオクタンは笑った。
「若奥さま、旦那さまは奥さまとお二人だけでお行きになりたいようでございますよ? 折角のご新婚なのですもの、お二人でお行きになって愉しんでらっしゃいませ」
小さく声に出して言ってみる。
と、居間の扉が突如として開き、春泉は思わず片手で口許を押さえた。
秀龍が顔を覗かせる。
「今、ちょっと良いかな?」
「はい」
もしや、先刻のぼやきを聞かれてしまったかと一瞬蒼くなったものの、どうやら秀龍は何かに心囚われているようで、まるで上の空である。
「旦那(ソバ)さま(ニム)。何かご用でも?」
問いかける視線を向けると、秀龍は〝う、ああ〟と口ごもり、幾度も頷いた。
「そなたに見せたいものがあるのだ。出かける支度をしてくれ」
春泉のまなざしが揺れる。その黒眼がちの瞳に不安がまたたくのを、秀龍は見逃さなかった。
「頼むから、そんなに怯えた眼で見ないでくれ、もう何もしない。そなたの厭がるようなことは一切、絶対にしない」
秀龍の優しい言葉に、春泉が逆らえるはずもない。初夜では無理に押し倒されてしまったものの、あれからの秀龍は言葉どおり、とても優しい良人だ。毎晩、床を並べていても、春泉に触れてこようとはしない。
それでも、時折、ふっとした拍子に春泉は秀龍が怖くなった。春泉が全く気づいていない時、秀龍が怖い眼で彼女を見ていることがあるのだ。まるで鷹が狙いを定めた獲物を少し離れた場所からじいっと眺めているような―、身震いするような怖い眼だ。
その思いつめた切迫したようなまなざしは、どこか初めての夜に彼が見せた表情と通ずるものがある。
だが、それは恐らく自分の考え過ぎにすぎないのだろうと思う。こんなに―今のように春の陽溜まりみたいに温かく笑う秀龍が怖いはずがない。
春泉は急いでオクタンを呼んで、出かける支度を整えた。
「あの、旦那さま」
春泉は控えめに言う。
「オクタンもついていってはいけませんか?」
「う―、それは」
秀龍が明らかに当惑した様子を見せるのに、利口なオクタンは笑った。
「若奥さま、旦那さまは奥さまとお二人だけでお行きになりたいようでございますよ? 折角のご新婚なのですもの、お二人でお行きになって愉しんでらっしゃいませ」