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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 春泉の呟きに、オクタンが身を乗り出した。
「若奥さま、ご実家の奥さまにお願いしてみられては、いかがでしょう?」
「それは良い考えだわ。でも、オクタン。お母さまが動物好きだという話は聞いたことがないわ。まあ、かといって、嫌いだという話もなかったけれどね」
 要するに、母が小動物を可愛がっている場面そのものがあまり想像できない。
 だが、一案だともいえる。春泉も嫁いで、執事と女中の他は誰もいない柳家の屋敷のことを考えれば、母にも何か見つけてあげた方が良いかもしれない。
 もっとも、その考えを母が歓迎するかどうかは、今のところ、判らないが。話をして見るだけの価値はあるだろう。上手くいけば、一匹くらいは引き取ってくれる。
「後は―」
 春泉はオクタンと顔を見合わせて、同時に大息をついた。
「仔猫を貰ってくれそうなところは」
「特にありませんね」
 異口同音に言葉を発し、また、二人して吐息を洩らす。
「何とか、こちらの屋敷でも一匹くらいは飼えないものかしら。折角生まれた仔猫を全部外へやってしまったら、小虎たちも可哀想だしね」
「それは、どうでしょうか。若旦那さまなら、奥さまを上手に説得して下さるかもしれません。ここは、若奥さまから若旦那さまに可愛らしくお願いしてみては?」
「オクタン!」
 春泉の顔色が変わった。
 オクタンが狼狽える。
「申し訳ございません。私ったら、つい、言葉が過ぎました」
 オクタンが悄然とうつむくのに、春泉は力ない笑みを浮かべた。
「私も大きな声を出したりして、ごめんなさい。でも、お願いだから、二度と言わないで。冗談でも、そんな話は聞きたくないの」
 オクタンは、強ばった春泉の横顔を痛ましい想いで見つめた。
 先刻、オクタンが白猫の名前は白虎でどうかと提案した時、春泉が見せた無邪気な表情が今も瞼から離れない。
 若奥さまは、あまりに稚(いとけな)くていらっしゃるのだと思わずにはいられない。秀龍との関係にしても、褥を共にするかどうかはともかく、もう少し春泉の方から甘えても良いのでは? と思うことがあった。

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