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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

「後ほど、お二人の夕餉の膳をこちらへお持ち致します、若奥さま」
 大丈夫ですよ。オクタンのふくよかな顔の中の細い眼はそう言っていた。
 オクタンが出ていった後、春泉は秀龍と二人だけで取り残された。こうしてまともに顔を合わせるのは四日ぶりである。つまり、四日前の喧嘩以来、二人は話すどころか、顔さえ見ていないのだ。
「あ、あの―、こ、これは」
 秀龍は何のつもりか、両腕に山ほどの花を抱えていた。大輪の白牡丹が幾本も惜しげもなく綺麗な紅色の紐で束ねられている。
 春泉は唖然として秀龍を見つめた。一体、何が言いたいのか、彼はいつになく緊張した面持ちで、顔を引きつらせて口をパクパクと動かしている。
 小虎と目下、妊娠中の白猫は行儀良く並んで事の成り行きを見守っているが、秀龍は部外者に気づくゆりともないようだ。
「はい、何でございましょう?」
 話の続きを促すつもりで問えば、秀龍は余計に真っ赤になり、口ごもった。
「要するに、これは花束だ!」
 と、ついに喋ったのは良いが、実に当たり前のことを言う。とはいえ、あからさまにそのことを指摘するほど、春泉は無分別ではない。
 春泉が返す言葉もなく、なおも見つめていると、またしても訳の判らないことを口走った。
「い、いや。そうではなく、これは―」
 そこで一旦押し黙り、少しの躊躇いを見せ。
 やっと口にする。
「私からそなたへの―、あ、あれ? 何だったかな。くそう、あれほど何度も決め科白を練習したのに。ええと、あいつは何て言ったっけ。そうそう、確か、さりげなく、さりげなーく押し倒せ。い、いや、これも違う」
「は?」
 春泉が訝しげに首を傾げると、秀龍は自棄のように叫んだ。
「もう一度、最初からやり直しだ」
 秀龍は歯を食いしばって、ひと言、ひと言を押し出すようにして言った。
「これは私からそなたへの真心の証だ。受け取ってくれ、春泉」
 どうやら、思ったとおりに言えたようだが、秀龍の整った貌は飲み慣れない酒を呑んだときより、更に紅く染まっている。

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