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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 と、春泉はふいにある事に気づいた。秀龍の身体からほのかな香りが漂ってくる。それが女人の使う脂粉の香りだと気づくのに刻は要さなかった。
 この匂いは―。
 刹那、春泉は言っていた。
「そのようなもの、要りません」
「えっ」
 秀龍は初め、春泉の言葉の意味を解さなかったようだ。無理もない。やっとの想いで赤面しながら決め科白を口にし、妻に花束を渡そうとしているのに、真正面からこれほど手酷く断られるとは想像もしていなかっただろう。
 相手がよく判っていないようなので、春泉はもう一度、はっきりと言ってやった。
「そのようなものは私には必要ありません」
「春泉、その言い方はないだろう」
 秀龍の赤い顔が忽ちにしてスウと白くなる。
 この男は、一体、どこまで私を軽んじれば気が済むの?
 秀龍の身体からは、かすかに脂粉の香りが漂っている。それだけで、彼がはや、どこに立ち寄ってきたかは明らかだ。
 秀龍さまは、私を馬鹿にしているのだと思わずにはいられなかった。そう思うと、屈辱と怒りに身体が震えてくる。
 この方は何も知らないと思って、上手くまんまとごまかしたつもりだろうけれど、
―私は傾城香月とあなたのことをすべて知っているのよ。
 と、大声で言ってやったら、どんな表情(かお)をするだろう。そう想像したら、残酷で暗い歓びさえ感じてしまう。
 だが、そんなことをしても、すぐに自分が余計に惨めになるだけだと落ち込んだ。
 だからといって、春泉がこの花を受け取るいわれはない。
「この花はそなたのために―」
 皆まで言わせず、春泉は叫んだ。
「私がお願いした憶えはありません」
「―春泉」
 悲痛な、声。
 それでも、春泉は唇を噛みしめ、断じた。
「そんなに花をお贈りになりたいのであれば、別のお方になさっては? もしかしたら、秀龍さまは贈る相手をお間違えになったのではありませんか」
「それは、どういう意味だ」
 秀龍の声が戦慄いた。

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