テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 その翌日になった。
 秀龍の帰宅は今日も相変わらず遅いらしく、深夜を回っても帰ってはこない。
 いつもなら、先に眠る春泉だが、その日は寝ないで起きて待っていた。
 自室で今か今かと待っている中に、いつしか文机に打ち伏して、うとうとと浅い微睡みに落ちていたようだ。ハッと目ざめたときには、既に夜はかなり更けているようであった。
 春泉は起き上がり、頭を振って、まだ残る眠気を振り払った。立ち上がると、チョゴリの衿許を直し、手鏡で素早く髪の乱れを直した。
 祝言までは未婚を表すために、長い髪を後ろで一つに編んで垂らしていたが、今は若妻らしくその髪を結い上げて小さな玉をあしらった簪を挿している。
 文机の傍らには、萌葱色の掛け布に覆われた小卓があった。その下には、器に黄粉餅が山のように盛られている。―秀龍の好物が黄粉餅だというのは、この皇家に仕える若い女中から聞いた。
 それをひそかに教えてくれたのは、例の春泉の危機をオクタンに伝えた女中である。最近、春泉は、この女中と話す機会が増えた。歳も近いこともあり、春泉にしてみれば主従というよりは、友達感覚なのだ。
―若さまは、三度のご飯より黄粉餅がお好きで、奥さまがよく私どもにお作りにならせるのです。多いときには、一度に七個はペロリとお召し上がりになりますよ。
 と、そういうことらしい。
 けして小さくはないこの黄粉餅を一度に七個平らげるというのは、凄いというより、怖ろしい。かといって、秀龍はけして太ってはいない。身長は男性としては平均よりもやや高いくらいで、余分な肉もついておらず引き締まった均整の取れた身体をしている。
 義禁府に勤務する官吏は武官であり、机にかじりついてする事務仕事よりも、あちこち動き回る方が多い。罪人や犯罪と拘わるという内容柄、武芸の腕も相当立たなければならない。肥満気味では、あまり適した部署ではないだろう。また、それだけ危険と隣り合わせの職務でもあった。
 それはともかく、春泉は、今日は夕刻から厨房に入って、黄粉餅を作った。傍では女中たちが夕餉の支度のために忙しく立ち働いていて、邪魔するのも申し訳なかったのだけれど、〝お優しくて気さくな若奥さま〟には、女中たちは皆、親切に色々と教えてくれたので助かった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ