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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 春泉は、今夜ここに来た目的を思い出し、平静を装った。できるだけ明るい声音になっているようにと祈りながら続ける。
「少し遅くなりましたが、夕餉をお召し上がりになりますか?」
 正直いえば、少しどころではなく、かなり遅い時間帯ではあるが、言葉のあやというものである。
 その時、初めて秀龍が面を上げ、春泉を見た。
「いや」
 秀龍の双眸は、春泉が見たことがないほど冷え切っていた。この様子を見る限り、どうやら、先行きは絶望的なようである。
「途中で食べたから」
「そう―ですか。では、食後のお菓子などは、いかがでしょう?」
 黄粉餅を作ったのだとは少し照れ恥ずかしくて、なかなか口に出せない。
「まずは、お茶をお淹れ致します」
 恥ずかしさをごまかすように早口で言い、小卓の上に載せていた茶器に手を伸ばして、お湯がないことに気づいた。
「私ったら、お湯が急須に入っていないのに、お茶を淹れるだなんて。厨房に行って、お湯を沸かしてきますね」
 よほど緊張していたようだ。首尾良く秀龍と仲直りできるだろうかということしか、頭になかったのだろう。
 自分のそそっかしさに頬を赤らめながら、春泉が立ち上がりかけた時、秀龍が思いがけず呼び止めた。
「待て」
「はい?」
 春泉は眼を見開き、秀龍の言葉を待った。
「私が食べたいものなら、別にある」
「はい、何でしょう」
 小首を傾げた春泉の表情はとても愛らしかった。
 その邪気のない表情は、少なくとも秀龍を信頼しているように見える。
 秀龍の双眸が一瞬、意外そうに見開かれたが、静まり返った瞳に浮かんだわずかばかりの感情はすぐに消えた。
「私はそなたが食べたい」
 え、と、春泉は不思議そうにまたたきした。
 秀龍さまは、何がおっしゃりたいのだろう。
「私の食べたいものを食べさせてくれるというのなら、是非、そなたを所望したいものだ」
「旦那さま。私は食べ物ではありませんけれど」

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