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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第11章 男装女子

「まあ、良いよ。恐らく、その無防備さもまた君の魅力の一つなんだろうからさ。それにしても、何で、俺にわざわざ逢いにきたりしたの? 兄貴に知られたら、幾ら宝物のように可愛い奥さんでも、殺されるまではしなくても、一生涯、屋敷の奥に監禁されるよ」
 これは冗談ではなく、香月は真剣にそう思う。春泉を娶ったばかりの頃、香月は冗談半分で、よく秀龍に
―奥さんに逢わせてよ。
 とせがんだものだ。
 が、その度に、秀龍は
―女房を妓房に連れてくる亭主がどこにいるものか。
 と、突っぱねていた。
 確かに一理はある理屈ではあるが、香月はちゃんと知っている。秀龍は自分以外の男の眼に春泉を触れさせたくないのだ。恐らく、本音を言えば、冗談ではなく屋敷の奥の一室に鍵を掛けて閉じ込めておきたい―そんな残酷とまで思えるほどの所有欲・独占欲を春泉に対して抱いているはずだ。
 香月はまだ英真と呼ばれた幼少時代から、秀龍を見てきた。ゆえに、秀龍の人となりを少しは理解しているつもりだ。普段はとことん―憎らしいほど冷静沈着で、誰よりも理知的という形容がふさわしい男なのに、いざ熱くなると、とことんまで情熱的になり突っ走る。そんなときの秀龍はいささか見境がなくなり、理性が吹っ飛んでいる感さえある。
 殊に春泉が拘わってくる問題となると、更にそれが強くなってくるのは明白に違いない。
 あまりの女気のなさに、同性愛好家とまで囁かれた秀龍が初めて恋に落ち、しかも顔もろくに知らずに迎えた花嫁に祝言の場でひとめ惚れしてしまった。その花嫁こそが春泉であった。
「まさか、秀龍さまは、そのような酷いことをなさる方ではありません」
 春泉がこれも心から言うと、香月はまたしても、意味ありげに笑う。
「さあ、それはどうだか。君が兄貴を心から信頼しているのはよく判ったけど、現実の兄貴は君が考えてるいほど甘くはないよ。義禁府きっての手練れをあまり甘く見ない方が良いと思うね。情に脆くて優しい反面、時には非情にもなるし、大切なものを守るためには束縛することも必要なときだってある。ま、奥さんも兄貴に惚れてるんだってことだね」
 少し妬けるな、と、最後の呟きは春泉の耳には入らない。

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