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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 そんな経緯もあって、芙蓉にとって、春泉は気に入らない嫁である。また、結婚後二年を経ても、秀龍と春泉に子が生まれないことも、芙蓉にとっては大いに不満足な事の一つであった。
―跡継もろくに産めない嫁など、役に立たない壊れた石臼と同じだ。
 と、最近では春泉にわざと聞こえるように大きな声で言っている。
 可哀想に、春泉は聞こえていないはずはないのに、いつも笑顔で、秀龍には姑の愚痴一つ零さない。
―子は天からの授かりものだと申すではないか。秀龍も春泉も共にまだ若いのだ。周囲が煩く急き立てては、授かるものも授からぬ。
 見かねた父が母を窘めると、
―大(テー)監(ガン)は長年連れ添った古女房の私などより、若い嫁の方がお大切なのでしょう。
 と、余計に機嫌が悪くなる。
 秀龍自身は、もちろん子どもは欲しいけれど、春泉より大切なものなど他にありはしない。ここ数日、母はあろうことか、秀龍に側室を持てなどと言い出して、彼は辟易していた。
 春泉以外の女を欲しいとは思わないし、大切な妻を哀しませてまで、子が欲しいとは思わない。皇家には分家もあるのだから、父の弟の子、秀龍にとっては従兄弟たちを跡取りに迎えても支障はないはずだ。
 もっとも、母がそのような代替案にあっさりと参成するとは思えないけれど。母にしてみれば、自分の息子が皇家を継ぎ、更に秀龍の血を引く息子がその跡を継いでいって欲しいと願うのは当然だろう。いや、子を持つ親ならば、我が子に家門を託したいのは人としてごく自然な感情だ。
 母も上流両班の奥方として、父と苦楽を共にし、今日の皇家の栄華を築くために努力してきたのだ。幾ら皇家が名門とはいえ、日々の努力がなく国王殿下の憶えが良くなければ、今の皇氏の隆盛はなかった。
 母の願いにできれば応えたいとは思うものの、そのために春泉を哀しませてまで側妾を持とうなどとは夢にも思わない。
「春泉の奴、ちゃんと寝ているだろうか」
 つい心の中の不安が言葉となって零れ落ち、秀龍は慌てて周囲を窺う。
 王宮勤めの間中、妻のことが頭から離れないというのは、流石にあまり他人には知られたくない。

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