テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 また一つ盛大な溜息をついたまさにその時、少し離れた前方で、同じような吐息が聞こえた―と思ったら、どうやら、それは溜息ではなく苦しげな呻き声のようだ。
 秀龍の立ち位置から見れば、丁度十数歩くらい先に、女官が座り込んでいる。
「哀號(アイゴー)、哀號」
 よくよく見ると、まだ若い女官だ。十六、七といったところではないか。右の脇腹を片手で押さえ、呻吟している様は到底尋常ではない。
「おい、大丈夫か?」
 秀龍はすぐに駆け寄り、女官の顔を覗き込んだ。
「は(イ)、はい(イエー)」
 苦悶の表情を浮かべたその小さな顔には脂汗が滲んでいる。
 三月初旬の今、日中は確かに春めいた陽気にはなってきたけれど、既に夕刻近くなって、風も冷たい。これほど汗まみれになるほど暑くはないはずだ。
「一体、どうしたのだ?」
 優しく問うと、女官の眼に大粒の涙が盛り上がった。
「お腹が急に痛くなってしまったのです」
「それはいけないな。相当痛むのか?」
 秀龍を見上げたその面はまだ少女と言ってよいほど、あどけない。
 秀龍には妹はいないが、もし妹がいたら、こんな可愛い娘だっただろうかなどと、ふとそんなことを考えた。
 女官は小さく首を振る。
「これでも少しは楽になりました。先刻までは、もう痛くて、痛くて。このまま嘘ではなく死んでしまうのではないかと不安になったほどなのです」
 秀龍は心からの同情を込めて頷いた。
「もし動けるようなら、これから私が尚(サン)薬(ヤク)どのの許へお連れしよう。尚薬どのはご高齢だが、なかなかの名医であられる。きっと良きように取り計らって下さるだろう」
 ちなみに、尚薬というのは、王宮に詰める医者のようなものである。内侍(ネシ)府(フ)に所属する内侍(宦官)であった。尚薬は王や王妃、その一族だけでなく、官僚や女官たちが王城内で病気にかかったときも、診療・治療に当たった。
「とりあえず、部屋に連れていって下さい。少し横になりたいの」
 女官が訴え、秀龍は少し躊躇った末、頷いた。
「判った。それでは、そなたの部屋にゆこう」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ