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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第2章 ひとりぼっちの猫

 大人しそうに見えて、言いたいことを言う女だと、春泉は余計に腹立たしくなった。まるで、春泉が意地悪でいつも本当は無用の仕立て直しをさせているようではないか!
「何もかも気に入らないわ。どうやら、お前は自分の仕立てたこの服が相当に大切なようね。そんなに思い入れがあるのなら、お前自身が自分で着れば? お前には、さぞ似合うでしょうよ」
 言い切ってから、喋り過ぎたかと一瞬後悔したものの、ええいままよと腹を括った。どうせ、こんな町のお針子に何を言ったとしても、春泉の退屈な日々が変わるわけでもない。
「何もかもとおっしゃいましても、直しようがございません。どこがお気に召さないか教えて下さいましたら、次回はきっとご希望に添うように仕立て直して参ります」
 淀みなく言う留花のその落ち着き払った様子に、春泉はカッとなった。恐らく、この娘が気弱そうに見えるは外見だけだ。それは留花のしっかりとした喋り方や時折、黒い瞳の底に閃く強い光で察せられる。留花は本来は、どちらかといえば、芯の強いしっかり者の少女に違いないだろう。
 しおらしい振りをして、皆の同情を集めようというのが、この女の魂胆なのだ。春泉は考えている中に、憤りが抑えられなくなった。
「何回同じことを言わせれば、気が済むの? 何もかもが気に入らないとつい今し方、言ったばかりじゃないの」
 こんなもの。と、春泉は呟き、留花から虹色の衣装を奪い取った。怒りに任せて、その煌めくチマチョゴリを引き裂いてゆく。
 〝あっ〟と留花の口から、哀しげな声が洩れたような気がしたけれど、勢いは今更止まらない。
「これで判ったでしょう」
 春泉は我ながら自分の声とは信じられないほど冷めた声音で言い捨てた。
「―約束どおり仕立ててきたのだから、仕立賃はちゃんと払うわ。玉彈、後で留花に渡してあげてちょうだい」
 春泉が言うだけ言って踵を返そうとしたときだった。
「仕立賃は頂けません」
 凛とした声が追いかけてきて、春泉の脚が止まった。
「どういうこと?」
 春泉が振り返る。
 留花の黒い双眸が射貫くように春泉を見つめていた。

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