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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第2章 ひとりぼっちの猫

「お嬢さまが私の仕立てた晴れ着をお気に召さず、結局、お品をお納めできなかったのですから、お代を頂くわけには参りません」
「私が良いと言っているのだから、あなたは黙って受け取っておけば良いのよ。余計なことを考える必要はないわ」
 春泉が言うと、留花は首を振った。
「お嬢さまは何か考え違いをしておいでです。私にも仕立屋としての意地があり、私は自分の仕事にやり甲斐と誇りを持っております。自分の納得のできる仕事をし、その結果をお客さまに満足して頂けた時、初めて一つの仕事が終わったと私は常々考えているのです。ただ単に機械的に針を動かし、漫然と服を作っているわけではございません。自分が仕立てている服をお召しになる方のことを思いながら、ひと針ひと針に心を込めて、歓んで頂けるようにと願いながら仕立てているのです。ですから、お嬢さまが今回の仕事に満足なさって下さらないのに、私はお代を頂戴するわけにはゆかないのです」
 淡々と述べる留花を無表情に見つめ、春泉は頷いた。
「たいした矜持を持っているのね。お金が必要だと聞いているから、これでも気を遣って上げたつもりだったのに。良いわ、要らないというのなら、好きになさい」
 春泉は留花の方は振り返ろうともせず、そのまま歩き出した。
「お嬢さまは何故、そのようにお哀しみになっているのですか?」
 またしても追いかけてきた言葉を、今度は春泉は無視した。
 私が哀しんでいるですって?
 お針子風情が知ったようなことを言わないで。あなたが自分の仕事に誇りとやらを持つのは勝手だけれど、私の心の中まで詮索する権利はないのよ。
 そうね、でも、多分、あなたの言うことは間違っていないわ。
 私の心は哀しみで満たされているか、それとも、何もない空っぽの、そのどちらかだもの。
 今回、留花は春泉の晴れ着だけでなく、母のものも仕立てて着ているはずだ。たとえ自分の方の仕立賃が入らなくとも、母の晴れ着を仕立てた分が留花に渡るだろう。そう判っていたから、敢えて春泉も金を押しつけることはなかった。

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