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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

「俺なら、春泉にそんな哀しそうな表情はさせない」
 香月は宣言するように言い、春泉をそのまなざしで捉えた。
「俺が見たときの君は、いつも泣きそうな顔をしている。淋しそうで、心細そうで、今にも泣き出しそうな表情で、何かを探しているような誰かを待っているような顔をしているよ。春泉、君が待っているのは誰なんだ、君が探しているのは兄貴じゃないのか?」
 春泉は最早、何も言えず、うつむくしかない。
「俺は今、この場に兄貴がいたら、ぶん殴ってやりたいよ。春泉に惚れているだの守ってやりたいだの、さも耳に心地良い言葉ばかり言って、期待させといて、その実、兄貴は春泉に何もしてやらない。春泉が大変なときに、傍にもいてやれない。それじゃ、あんまりだ」
「私のことなら良いの、英真さま。秀龍さまはお勤めが忙しくて、滅多に屋敷にもいられないから」
 春泉が必死の想いで言うと、香月が自嘲気味に笑う。
「春泉はこれだけ放っておかれても、兄貴をまだ庇う。つまりは、それだけ兄貴に惚れてるってことなんだろうな」
「―」
 そうなのだろうか。確かに、昨夜、あんな酷い抱き方をされたのに、春泉はまだ秀龍を嫌いになれない。秀龍という男を見失いそうになっても、それでも、心のどこかで、本当の秀龍はあんな人ではないと思いたがっている。
 香月が一歩前に踏み出しながら言った。
「俺と一緒に行かないか?」
「それは、どういう意味ですか?」
 問えば、香月は春泉ですら心奪われるほどの濃艶な笑みを浮かべた。
「どこか遠くへ、俺たちを知る人が誰もいない田舎町へ行って、二人だけで暮らさないか?」
「でも―」
 春泉の戸惑いにも頓着せず、香月は憑かれたように滔々と喋り続ける。
「ここじゃないどこかかなら、どこでも良い。春泉と二人でなら、きっとどこで暮らしても愉しいだろう」
 香月がまた一歩踏み出した。
 スと手を差し出す。

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