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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第2章 ひとりぼっちの猫

―お嬢さまは何故、そのようにお哀しみになっているのですか?
 玉彈さえ理解できない春泉の心の奥底に沈む哀しみをあの娘は見抜いていた。
 両親に顧みられない淋しさを。
 どれだけ気随気儘に暮らしていても、けして満たされないこの心の隙間を。
 刹那、春泉は駆け出していた。留花をこのまま帰せないと思ったのだ。
 たいした取り柄もなく平凡で、綺麗でもない自分と、一見おとなしやかに見えるが、内に静かに燃えるような情熱を秘める留花。もしかしたら、自分たちは対照的に見えて、本質はどこか共通する部分があるのかもしれない。
 だからこそ、留花は春泉の哀しみをただ一人、理解し得たのではないか。
 では、留花が心に抱える哀しみとは一体、何なのだろう。そう思い、無意識の中に勝手口へと引き返そうとしたのであった。
 厨房まで戻っても、既に留花だけではなく、玉彈や女中の姿も見当たらなかった。それでも春泉は諦めず、そこから表門の方へと回る。
 運が良ければ、まだその辺りで留花を引き止められるかもしれないと思ったのだ。息せききって小走りに駆けてきた春泉の眼に、一つの光景が映じた。
 外へと通じる表門の前で、父が留花に馴れ馴れしく手を伸ばし、そのか細い身体を強引に抱きすくめようとしていた。
「なっ、大人しく儂の言うことを聞きなさい。お前と香(ヒヤン)順(スン)の悪いようにはせぬ。その中(うち)、どこぞに新しい立派な屋敷を建て、お前と祖母をそこに住まわせて何不自由のない生活を送らせてやろう」
「旦那(ナー)さま(リ)、お願いでございます。お許し下さいませ!」
 気丈なはずの留花も、いきなり父親ほど歳の違う男に言い寄られては、戸惑うのは当たり前であった。しかも、父は力でもって留花を好きなようにしようとしている。
「お前が最近、一段と美しく瑞々しくなったのに儂が気づいていなかったとでも思ったか? お前がこの屋敷に出入りするようになった頃から、儂はお前に眼をつけていたのだぞ? いつかは手に入れ、手許に置いて可愛がってやろうと―」
 千福の猫なで声はそこで途切れた。
「お父さま、何をなさっているの?」
 我が父ながら、見ていられない。大声で叫びつつも、春泉は眼の前の光景を何も見ていなかった。

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