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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

 その数日後の夜、春泉の部屋から伽倻琴(カヤグム)の得も言われぬ調べが流れていた。
 秀龍は、その嫋嫋とした音の旋律が作り出す余韻に浸っているのか、眼を閉じて聞き入っている様子だ。
 昨日、皇氏の掛かり付けでもある医者が呼ばれ、春泉の診察に当たった。その結果、懐妊が判明し、皇氏の屋敷は歓びに湧いた。
 いつもは滅多と笑顔を見せぬ謹厳な舅才偉も上機嫌だし、春泉には冷淡だった姑芙蓉ですら、浮き浮きと早くも初孫の名前をあれこれと考え始めている。
 心なしか、春泉に対する態度も軟化し、秀龍などは
―孫はかすがいとはよく言ったものだな。
 と、一人で悦に入っている。
「男であろうか、女であろうか。本音を言うと、春泉、私は、最初は是非、そなたに似た可愛い娘が欲しいのだ。母上などは初めての子はやはり跡取りたるべき男子でなければならぬと仰せゆえ、こんなことを母上の前で言えば、怒られてしまうであろうがな」
 秀龍が伽倻琴の音に恍惚(うつと)りと耳を傾けながらも、ふと思い出したように言う。
 春泉は、あまりにも気の早い話に、思わずクスリと笑いを洩らさずにはいられない。
「旦那さま、まだまだ先の話ですわ」
「いやいや、月日の経つのなぞ、またたき一つほどの間のことよ。今年の秋などすぐに来る」
 そう言う秀龍は、秋が来て赤児が生まれるのが今から待ち遠しくてならないらしい。
 医者の診立てによれば、春泉の出産予定日は今年の秋の初めだという。秀龍がまだ子どもの時分から皇氏の人々と拘わってきた老医者は自慢のたっぷりとした白い顎髭を撫でながら、にこにことして言った。
―若奥さまは生まれつき、すごぶるご健康の質のようにお見受けするゆえ、きっとお産も軽く、お健やかな御子がお生まれになりましょう。
「それに、旦那さま。私は産まれてくるのが男でも女でも、どちらでも良いのです。子は天からの授かり物ですもの。元気で心優しい子であれば、十分です」
 春泉が笑いながら言うと、秀龍もまた幾度も頷く。
「そうだな。結婚三年目に漸く恵まれた子だ。たとえ、どちらでも大切に育てよう」
 秀龍がつと立ち上がった、そのまま部屋を横切り、両開きの扉を大きく開ける。

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