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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第16章 眠れる美女

 この人の好い乳母は、普段から活発な恵里に振り回されっ放しだ。恵里は少し眼を離すと、すぐに鞠のようにどこにでも飛んでゆくので、いつもあたふたと後を追いかけている。
「小虎がいないの?」
 春泉が乳母に問うと、乳母はあたかも自分の手落ちのように、恐縮し切った。
「申し訳ございません。今日はずっと夕刻まで、お嬢さまのお部屋で眠っていたのですが、ちょっと眼を離した隙にいなくなってしまいました。食いしん坊の猫ですから、出かけても食事時には必ず帰ってくるのに、一向に戻ってこないので、何かあったのではと私も心配しております」
 乳母の心配そうな口ぶりに、また恵里がわっと泣き出した。
 それでなくとも不安のあまり泣いてばかりいる幼子の前では、不用意な発言だ。この乳母は恵里の誕生時から乳を含ませ、ずっと育ててきて、恵里にとっては春泉の次に慕っている存在である。
 機転も利かず、どちらかといえば朴訥で誠実なのが取り柄ではあったが、こういうときは、やはり子どもに与える影響にも配慮して言動に気をつけて欲しいものだと内心、思わずにはいられない。
 その点、春泉の乳母を務めた玉(オク)丹(タン)は、頭の回転も速く、けして、こんなことはなかった。
 春泉は、再び盛大に泣き出した恵里を溜息をついて眺め、乳母に言った。
「小虎はその中、戻ってくるでしょうから、そなたは恵里を部屋に連れ帰って早く寝(やす)ませなさい。随分と神経質になっているようだし、恵里が小虎を探して勝手に部屋を抜け出したりしないように十分注意するのですよ」
「はい(イエー)」
 乳母は慇懃に頷くと、まだしゃくり上げている恵里を連れて部屋を出ていった。
 恵里の泣き声としきりに宥める乳母の声がが廊下を遠ざかってゆく。
「あの乳母は気立ては良い働き者だが、どうも今一つ、口が軽いようだな」
 秀龍が自分と全く同様のことを思っていたと知り、春泉は苦笑いする。
「はい。確かに思慮分別に富むとは申せませんが、何より、正直者なので、幼い子どもには良い影響を与えるのではと考えております。旦那さまは、あの者が恵里の傍にいては、ご不満ですか?」
 秀龍が笑って首を振る。

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