淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第16章 眠れる美女
表向きは吏曹判書夫人の言葉を鵜呑みにしているように見えるが、事件調査に関してはプロの秀龍がこの一件に〝何か〟を感じている可能性は大きい。が、春泉がどれほど良人の眼を覗き込んでみても、その底にある感情は読めなかった。
鈴寧の件はそこで終わりになり、春泉は恵里の刺繍の腕前がここのところ、かなり眼に見えて上達したことなどを話し、秀龍は愛娘の近況にいちいち頷きながら聞き入った。
丁度、話がひと段落着いたまさにその時、両開きの扉が勢いよく開き、その噂の主が飛び込んできた。
噂をすれば何とやらとはよく言ったものである。
秀龍も春泉と全く同じことを考えたようで、春泉を見ながら笑みを浮かべた。
「丁度、今、恵里の話をしていたところだよ。母上の話では、最近、刺繍の方が随分と上手になったそうだね」
だが、当の恵里は秀龍の話など端から耳に入ってはいないようで、ひと息にまくし立てた。
「お母さま、小虎(ソチヨ)がいないの! 私、もう一刻以上も家中を探し回っているのに、一向に見つからないのよ」
春泉は温かな笑みを刻み、娘を見つめた。
「落ち着いて。小虎が幾ら年寄りだからといって、一日中、眠っているばかりだとは限りませんよ。気晴らしに外に出かけたのでしょう」
恵里は泣きながら首を振った。
「それは確かにお母さまのおっしゃるとおり、たまには小虎だって散歩に出ることはあるけれど、こんなに長い間、姿が見えないことはないもの。いつも出かけても、すぐに帰ってくるのよ」
「大丈夫だ、恵里。小虎は年寄りの猫だが、出かけたきり、帰ってこないほど耄碌はしてないよ。その中、忘れた頃に帰ってくるから、安心して、そなたはもう寝なさい」
秀龍が宥めるように言い聞かせても、恵里は泣きじゃくるばかりである。
「嫌です。小虎がどこでどうなっているか判らないというのに、のんびりと眠ってなんかいられません」
春泉は困惑の表情で、秀龍を見た。
と、扉が静かに開き、恵里の乳母が顔を覗かせた。
「失礼致します。お嬢さまは、こちらにいらっしゃいますか?」
鈴寧の件はそこで終わりになり、春泉は恵里の刺繍の腕前がここのところ、かなり眼に見えて上達したことなどを話し、秀龍は愛娘の近況にいちいち頷きながら聞き入った。
丁度、話がひと段落着いたまさにその時、両開きの扉が勢いよく開き、その噂の主が飛び込んできた。
噂をすれば何とやらとはよく言ったものである。
秀龍も春泉と全く同じことを考えたようで、春泉を見ながら笑みを浮かべた。
「丁度、今、恵里の話をしていたところだよ。母上の話では、最近、刺繍の方が随分と上手になったそうだね」
だが、当の恵里は秀龍の話など端から耳に入ってはいないようで、ひと息にまくし立てた。
「お母さま、小虎(ソチヨ)がいないの! 私、もう一刻以上も家中を探し回っているのに、一向に見つからないのよ」
春泉は温かな笑みを刻み、娘を見つめた。
「落ち着いて。小虎が幾ら年寄りだからといって、一日中、眠っているばかりだとは限りませんよ。気晴らしに外に出かけたのでしょう」
恵里は泣きながら首を振った。
「それは確かにお母さまのおっしゃるとおり、たまには小虎だって散歩に出ることはあるけれど、こんなに長い間、姿が見えないことはないもの。いつも出かけても、すぐに帰ってくるのよ」
「大丈夫だ、恵里。小虎は年寄りの猫だが、出かけたきり、帰ってこないほど耄碌はしてないよ。その中、忘れた頃に帰ってくるから、安心して、そなたはもう寝なさい」
秀龍が宥めるように言い聞かせても、恵里は泣きじゃくるばかりである。
「嫌です。小虎がどこでどうなっているか判らないというのに、のんびりと眠ってなんかいられません」
春泉は困惑の表情で、秀龍を見た。
と、扉が静かに開き、恵里の乳母が顔を覗かせた。
「失礼致します。お嬢さまは、こちらにいらっしゃいますか?」