淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第17章 月夜の密会
深い闇に沈み込んだ広大な庭の一角に小さな廃屋がぽつねんと佇んでいる。その誰もいないはずの家から、今夜もまた、あられもない嬌声や喘ぎ声が聞こえてくる。姿は見えないが、その中で恥知らずな痴態が繰り広げられているであろうことは火を見るよりも明らかだ。
その廃屋の扉の前にひっそりと立つ男が一人。男が突如として家の扉を音を立てて開けた。
ほどなく、騒々しい人声が聞こえ、女の凄まじい断末魔の声が夜の深い闇をつんざいた。
半裸に近い格好の男が帽子も被らず、無様に転がり出てきて、這々の体で逃げてゆく。むろん、今し方、家の前に立っていた男とは全くの別人だ。
今わの際、女には、自分に向かって剣を振り下ろす男の顔がはっきりと映じていた。
闇夜を背景に立つ男の顔は憤怒と憎悪に燃え、歪んでいた。そう、女は彼女がこの世で最も嫌悪し、軽蔑していた良人の手によって、今度こそ本当に消されたのだ。
〝若夫人見舞〟の口実で春泉が吏曹判書の屋敷を再度訪問したのは、それから更に数日を経た五月の終わりだった。
予想どおり、今回も春泉は客間に通され、吏曹判書夫人が丁重に応対してくれた。見舞の品を差し出し、型どおりの見舞を述べた後、春泉は一旦は門に向かうふりをして、件(くだん)の廃屋に向かった。
今日の訪問は、良人もちゃんと知っている。吏曹判書の屋敷に忍び入った夜、春泉は秀龍にすべてを話した。
あの一家がてんかんの発作を起こして気絶した鈴寧を死んだと思い込み、廃屋に打ち捨てたこと、鈴寧が意識を取り戻し、女中の助けを得て生きていること。彼女の許に情人が脚繁く通っていること。
春泉の告白を聞いても、秀龍はさして愕いた様子ではなかった。やはり、良人もこの一件の真相を最初から予想していたのだと、春泉は図らずも知ることとなる。
すべてを打ち上げた上で、春泉はもう一度だけ、ここに来たいのだと言った。できれば鈴寧に逢って、手遅れにならない中に舅や姑、彼女の良人ときちんと話し合うべきだと忠告したかったのである。