淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第17章 月夜の密会
吏曹判書金尚舜の子息夫人鈴寧の訃報がもたらされたのは、暦もいよいよ五月から六月に変わろうとする最後の日である。
何でも長らく寝ついていた鈴寧の容態が急変したとかで、実の両親である元左議政夫妻が駆けつけたときには、既に鈴寧の埋葬は終わっていた。埋葬を急いだ理由として、尚舜とその息子は、
―お義父上、お義母上には到底見せられないほど、亡骸が無惨な有り様でした。
と、伝えたという。鈴寧はてんかんの発作を繰り返し、その都度、正気を手放し、しまいは狂気の世界に脚を踏み入れていた。自分の頭を壁に幾度も打ちつけたり、小刀で手首を切ってみたりと、自分の身体を傷つける自傷行為を数知れず繰り返し、両親に傷だらけ、痣だらけの変わり果てた姿を見せるのは忍びなかったのだと―。
鈴寧の死は、彼女が両班という特権階級に生まれたゆえの悲劇であった。この国は儒教に基づく徹底的な身分制度によって、身分は生まれたそのときから定められる。
貧しい民から搾取し、贅沢を極める両班においても、男性よりも女性が数段下に位置づけられるのは庶民と何ら変わりない。
鈴寧は豪奢な鳥籠の中で飼い殺しにされた憐れな一人の女人であった。吏曹判書の息子に嫁いできたばかりの頃は、彼女もまだ無垢な娘だったのだ。それが、騙され性的に全く不能の男と結婚させられたと知り、自棄になった。彼女が男と見れば、見境なく秋波を送るようになったのは、実は嫁いでからのことである―と、彼女の死後、初めて春泉は良人から聞かされた。
鈴寧の死を知った翌朝、恵里がわんわんと泣きながら、春泉の部屋に駆け込んできた。
ここのところ取りかかっていた刺繍の最後の仕上げの真っ最中とて、春泉は顔も上げず、針を動かし続けている。
牡丹の季節は既に終わってしまったけれど、鮮やかな黄色の牡丹と蝶、更にそれらに戯れかけている猫の図柄だ。
牡丹は新婚時代、秀龍が春泉に初めて贈ってくれた想い出の花である。花と戯れている灰色の仔猫は十二年前の小虎なのは言うまでもない。
「どう(モス)した(ニリニヤ)の?」
やっと最後のひと刺しを終え、春泉が顔を上げると、恵里は泣きじゃくりつつ訴えた。
「お母さま、のんびりと刺繍なんてしてる場合ではないわ。小虎が、小虎が―!!」
春泉はハッと息を呑んだ。
何でも長らく寝ついていた鈴寧の容態が急変したとかで、実の両親である元左議政夫妻が駆けつけたときには、既に鈴寧の埋葬は終わっていた。埋葬を急いだ理由として、尚舜とその息子は、
―お義父上、お義母上には到底見せられないほど、亡骸が無惨な有り様でした。
と、伝えたという。鈴寧はてんかんの発作を繰り返し、その都度、正気を手放し、しまいは狂気の世界に脚を踏み入れていた。自分の頭を壁に幾度も打ちつけたり、小刀で手首を切ってみたりと、自分の身体を傷つける自傷行為を数知れず繰り返し、両親に傷だらけ、痣だらけの変わり果てた姿を見せるのは忍びなかったのだと―。
鈴寧の死は、彼女が両班という特権階級に生まれたゆえの悲劇であった。この国は儒教に基づく徹底的な身分制度によって、身分は生まれたそのときから定められる。
貧しい民から搾取し、贅沢を極める両班においても、男性よりも女性が数段下に位置づけられるのは庶民と何ら変わりない。
鈴寧は豪奢な鳥籠の中で飼い殺しにされた憐れな一人の女人であった。吏曹判書の息子に嫁いできたばかりの頃は、彼女もまだ無垢な娘だったのだ。それが、騙され性的に全く不能の男と結婚させられたと知り、自棄になった。彼女が男と見れば、見境なく秋波を送るようになったのは、実は嫁いでからのことである―と、彼女の死後、初めて春泉は良人から聞かされた。
鈴寧の死を知った翌朝、恵里がわんわんと泣きながら、春泉の部屋に駆け込んできた。
ここのところ取りかかっていた刺繍の最後の仕上げの真っ最中とて、春泉は顔も上げず、針を動かし続けている。
牡丹の季節は既に終わってしまったけれど、鮮やかな黄色の牡丹と蝶、更にそれらに戯れかけている猫の図柄だ。
牡丹は新婚時代、秀龍が春泉に初めて贈ってくれた想い出の花である。花と戯れている灰色の仔猫は十二年前の小虎なのは言うまでもない。
「どう(モス)した(ニリニヤ)の?」
やっと最後のひと刺しを終え、春泉が顔を上げると、恵里は泣きじゃくりつつ訴えた。
「お母さま、のんびりと刺繍なんてしてる場合ではないわ。小虎が、小虎が―!!」
春泉はハッと息を呑んだ。