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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第3章 父の過ち

更に、その翌日、千福の後を追うように柳家からスンジョンの姿が消えた。彼女を巡って争った二人の下男だけでなく、執事の息子までをも手玉に取っていたしたたかな十五歳の娘は、まさにかき消すようにある朝突然、いなくなっていたのだ。
 元々、小さな手荷物一つだけで屋敷に来たスンジョンに持ち出す財産など何もない。数人の女中たちが共同で起き伏しする女中部屋にはその時、まだ、他の者たちが眠っていた。どうもスンジョンは夜明け前に出ていったらしい。誰一人として彼女がこっそりと出てゆくのを見た者はおらず、厠に行くために夜半に起きた一人は、その時点で、まだスンジョンは眠っているように見えた―と証言した。
 とはいえ、元々、男関係の賑やかな娘のことである。たとえスンジョンが夜中にいなくても、誰もが男との逢瀬を愉しみに出ていったのだと思い込んだことだろう。
 下働きの代わりなど幾らでもいる。ましてや、身持ちの悪い若い女など、どこで何をしているか知れたものではない。誰もスンジョンの身の心配をする者などいなかった。
 男にはだらしなかった割に、さっぱりとした気性ではあったのだ。が、やはり、怠け癖があり、いつも仮病を使って身体の不調を訴えては誰かに自分の仕事を押しつけていた。それでも憎めない性格のお陰か、使用人たちの間で爪弾きになることもなく、うまくやっていたのである。
 彼女の失踪は柳家ではすぐに忘れられ、比較的仲の良かった歳の近い女中たちですら、あっさりと彼女の名前を口にしなくなった―。

 川面が春の陽光を弾いて、きらめいている。
 眩しく乱反射する様に思わず眼を細め、光王はうーんと両手を天に向かって突き上げる格好で河原に転がった。
 彼の頭上に、涯(はて)のない蒼穹がひろがっている。空は蒼い。限りなく広くて蒼い。
 まるで海のようだ。生まれてからこのかた、彼は朝鮮のあらゆる地方をさすらった。都生まれの都育ちなら、海を見たことのない人間もいるかもしれないが、彼のようにあちこちを流離(さすら)った者は何度も本物の海を見る機会があった。
 都で生まれたはずの自分が津津浦々を放浪することになったのも、何かの因果だろう。
 彼の端整な面に苦笑が浮かんだ。
 俺は恐らく生まれながらに、大きな業を背負っているんだろう。だから、真っ当な生き方ができない身の上なんだ。

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