テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第4章 母の恋

 その点、寺に入れて出家させてしまえば、死んだも同じ、後顧の憂いはない。寺には柳家の名で多くの喜捨をしたが、それは千福の血を引く子の養育費、持参金代わりであった。生まれた子が女児であれば、何もここまでしなくとも良かったであろうが、男児となると話は別だ。
 千福が外に囲う側妾たちに生ませた子女を里子に出しているのは薄々知ってはいたが、それはあくまでも表向き、正夫人である彼女の与り知らぬところとなっている。
 一体、子が幾つになるまで女の手許に置かせていたのかもむろん、知らない。抜かりのない千福のことゆえ、それほど長くは手許で育てることは許さなかったと思われるが、チェギョンが関与したそのたった一度の時、赤ン坊は漸く生後一ヵ月を越えたばかりであった。
―お許し下さいませ。奥さま、どうか、もう少しだけ、せめて子どもが一歳を過ぎるまでだけでも手許に置かせて下さいまし。
 今では女の顔もよく憶えてはいない。否。憶えたくないから、忘れるようにしたのだ。
 細面の憂い顔が男の保護欲をかきたてるのであろう類の女だった。信頼する執事(これは、柳家に二人いる執事のもう一人で、良人に常に同行する執事とは違う)に直接、子を連れに行かせたのに、女は何とこの屋敷にまで子を取り戻しにやってきたのだ。
―どうか、奥さま。お慈悲を下さい。必ず仰せのように息子は寺に入れますゆえ、せめて一歳までは私の手で育てさせて下さい。
 女はすすり泣き、チェギョンの脚許に縋り付いた。
 そのときばかりは、彼女は我が身が鬼と化したように思ったものだ。
 親の子への情愛に貴賤の別はない。ましてや、腹は違えども、女の生んだ子は良人の胤(たね)、自分の娘春泉の異母弟であった。女の懸命な様子から、その場逃れの嘘偽りでないことはよく判ったし、彼女自身も叶うなら、そうさせてやりたいとも思った。
 けれど、一年手許に置けば、また次の一年、共にいたいと願うようになる。別れを引き延ばせば、余計に別れの哀しみは増す。更に、女の方はともかく、千福の気がどう変わらないとも限らない。チェギョンの生んだ春泉を溺愛している良人ではあったが、いかんせん、春泉は娘だ。聟を取るという道はあるものの、千福はこれに関しては早くから春泉を嫁に出すと決めていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ