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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第4章 母の恋

 チェギョンはそれとなく執事に探らせてみたものの、春泉の周辺に若い男の影はなかった。誰かと隠れて逢っている形跡もない。
 とりあえず胸を撫で下ろしたものの、不安は拭えなかった。両班の子息と見合いする前に、大切な娘に悪い虫がついては一大事である。チェギョンは娘の乳母を直々に呼んで、今まで以上に娘の身辺には注意を払うようにと厳重に言い渡したばかりであった。
 オクタンは春泉の望みをどんな犠牲を払ってでも、叶えてやりたいと願うに違いない。たとえ相手の男が柳家とはつり合わない下賤の者だとしても、春泉が心から望むならば、手引きさえしかねない。
 また、春泉は春泉で、実の母親よりも乳母を慕っている。あれではどちらが母親か判らない―と、幼い春泉がけして母親である自分には見せない笑顔を乳母に見せる度、複雑な心境になったものだ。
 実の母子のように微笑ましい春泉と乳母のやり取りに淋しさを感じながら、チェギョンはそれでも春泉に手を差しのべるだけの勇気は持てなかった。自分が一歩を踏み出していれば、母と娘の間にできた溝もここまで深くはならなかっただろう。
 全く、頭の痛いことばかりだ。
 良人が珍しく家にいるのも、あの頃のことがあるから、うかうかと歓んでばかりもいられない。柳千福に限って、心を入れ替えるなどということは、この世が引っ繰り返ってもないだろうから。
 それでも、滅多に屋敷に寄りつかない良人が自宅にいるのも悪くはない気分だ。チェギョンは庭を横切り、母家に戻る。
 そろそ老齢に差しかかった執事の妻が昨日から、持病の癪を起こして寝込んでいる。執事は敷地内の小さな家に老妻、息子夫婦と暮らしていた。使用人たちを監督する立場として、見過ごしにはできず、家族しか使わない貴重な薬を持って見舞ってきた帰りであった。
 彼女の居間のある建物は、良人の部屋のある建物と廊下で繋がっている。廊下を歩いていると、良人の居間の前に李(すもも)が白い可憐な花をたわわにつけているのが見えた。しばらく立ち止まり、その愛らしい姿を眺める。
「旦那(ナー)さま(リ)」
 外で一旦呼びかけてから、両開きの扉を開ける。

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