テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第4章 母の恋

 千福は単なる女好きだけではない。商いのためなら手段を選ばず、儲けのためなら、人殺しすら厭わない冷血漢でもある。
 千福が大臣たちに裏で賄を贈っていることを突き止めた小役人は、千福の雇った殺し屋に夜間の見回り中に惨殺された。
 競争相手の商人が清国皇室の宝蔵にあったといわれる青磁の花器を手に入れたと聞けば、相手が不正に仕入れた品だと逆に役人に訴える。その商人は無実の罪を着せられた挙げ句、酷い拷問にかけられて死んだ。千福は、男の死後、その店の利権を買い取り、男の残した二人の娘たちを側妾とした。
 調べれば調べるほど、柳千福は反吐が出るほどの最低の男であった。
 ソヨンに頼まれずとも、殺すことに躊躇いはない。しかし、千福がどれほどの極悪人物であろうと、彼の妻や娘に罪はない。
 千福を殺害するために、彼の家族に近づくのは正直、気が進まなかった。ましてや、千福の娘は、あの春泉なのだ。
 二ヵ月前、漢陽の町で偶然、出逢った少女。
 色黒だと随分と気にしているようであったが、この若さではや数え切れないほどの女と関わりを持った光王から見ても、十分に魅力的に思えた。
 何故か、初めて逢ったときから、あの娘が忘れられない。だからといって、恋だとか惚れたとかいうのとも違うと思うが、とにかく、あの娘の存在そのものが気になって仕方ないのだ。
 何十人の女と寝ようが、いちいち顔どころか名前すら憶えていない彼にしては稀有なことだ。
 千福を殺(や)れば、きっと、春泉が泣く。
 それでも、光王は殺らねばならなかった。彼は依頼人から仕事料を預かり、確かに依頼を受けたのだ。プロの刺客として、一度受けた殺しの依頼に私情を挟むのは許されない。
 できれば、あの娘を泣かせたくはないが、どんなやり方を取るにせよ、千福が死ねば、春泉は泣く。彼女にとっては父親なのだから、当たり前だ。
 殺るからには、失敗は許されない。心の揺れや迷いは隙を生じ、時には怖ろしい失敗を招くことにもなりかねない。
 このときからは、光王は〝暗殺者光王〟としての非情さをもって行動しなければならなかった。
 済まねえ。と、彼は心の中で春泉に詫びた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ