淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第5章 意外な再会
そこまで考えた時、春泉の脳裡を美しい若者の貌がよぎった。
陽光を受けてきらめく黄金色の髪、深い蒼に染まった涼しげな眼許。この世のものとは思われぬほどの美貌は、人の多い漢陽においてさえ、見かけることがないほどのものだ。二ヵ月前に町で出逢った、ゆきずりの男。
窮地を助けて貰いながら、ろくに礼も言わず、あまつさえ、彼の頬を二回も殴ってしまった。さぞ礼儀知らずの鼻持ちならない女だと呆れられているだろう。
将来のこと、結婚について考えているときに、何故、あの男―光王の貌を思い出したのだろう。二ヵ月前は思い出すことの多かった面影も、時を経るにつれ、その回数は減っていった。
それでも、時折、ふっとした拍子に、あの美しい男が記憶の底から顔を覗かせ、春泉を狼狽えさせるのだ。丁度、今のように。
あの男のことを思い出す度に、春泉は一人で紅くなったり蒼くなったりして、どきまぎしている。乳母の玉彈はそんな春泉の様子に何かは感じているようだが、控えめで利口な彼女のこと、表立って問うようなことはない。
自分の結婚に関していえば、あの男を思い出すこと自体が間違っている。幾ら常民同士とはいえ、その日暮らしのあの男と豪商の娘では住む世界が違いすぎる。
それとも―。私はあの男を好きなのだろうか?
恋、というものをまだ経験していない春泉には判らない。
物語などを読むと、恋は燃え上がる焔のようなものだと書いてある。慕う殿御を思い浮かべただけで、胸が苦しくなり、泣きたいような気分になる。その癖、その恋の苦しみにはほのかな甘さも混じっていて、恋することは無上の幸せなのだと。
苦しいのに、幸せだとか、それが甘い気分だとかいう心境は、春泉には到底、理解できない。
あの男の面影が浮かんだときは、確かに胸の鼓動は速くなるが、特に幸せだと感じたことはないし、そのときの気持ちに甘いものが含まれているとも思えなかった。だとすれば、やはり、これは恋ではないのだろう。
春泉は軽く頭を振ると、あの男の面影を頭から追い払った。
こでまりの樹はそう高くはない。それでも、豊かに茂った緑の葉が地面に濃い影を作っている。その名のどおり、こんもりとした手毬を彷彿とさせる白い花が幾つか身を寄せ合うようにして咲いている。
陽光を受けてきらめく黄金色の髪、深い蒼に染まった涼しげな眼許。この世のものとは思われぬほどの美貌は、人の多い漢陽においてさえ、見かけることがないほどのものだ。二ヵ月前に町で出逢った、ゆきずりの男。
窮地を助けて貰いながら、ろくに礼も言わず、あまつさえ、彼の頬を二回も殴ってしまった。さぞ礼儀知らずの鼻持ちならない女だと呆れられているだろう。
将来のこと、結婚について考えているときに、何故、あの男―光王の貌を思い出したのだろう。二ヵ月前は思い出すことの多かった面影も、時を経るにつれ、その回数は減っていった。
それでも、時折、ふっとした拍子に、あの美しい男が記憶の底から顔を覗かせ、春泉を狼狽えさせるのだ。丁度、今のように。
あの男のことを思い出す度に、春泉は一人で紅くなったり蒼くなったりして、どきまぎしている。乳母の玉彈はそんな春泉の様子に何かは感じているようだが、控えめで利口な彼女のこと、表立って問うようなことはない。
自分の結婚に関していえば、あの男を思い出すこと自体が間違っている。幾ら常民同士とはいえ、その日暮らしのあの男と豪商の娘では住む世界が違いすぎる。
それとも―。私はあの男を好きなのだろうか?
恋、というものをまだ経験していない春泉には判らない。
物語などを読むと、恋は燃え上がる焔のようなものだと書いてある。慕う殿御を思い浮かべただけで、胸が苦しくなり、泣きたいような気分になる。その癖、その恋の苦しみにはほのかな甘さも混じっていて、恋することは無上の幸せなのだと。
苦しいのに、幸せだとか、それが甘い気分だとかいう心境は、春泉には到底、理解できない。
あの男の面影が浮かんだときは、確かに胸の鼓動は速くなるが、特に幸せだと感じたことはないし、そのときの気持ちに甘いものが含まれているとも思えなかった。だとすれば、やはり、これは恋ではないのだろう。
春泉は軽く頭を振ると、あの男の面影を頭から追い払った。
こでまりの樹はそう高くはない。それでも、豊かに茂った緑の葉が地面に濃い影を作っている。その名のどおり、こんもりとした手毬を彷彿とさせる白い花が幾つか身を寄せ合うようにして咲いている。