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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

 風が吹き抜ける度に、白い小さな小さな花びらがはらはらと舞い、地面に落ちた樹の影がゆらゆらと揺れる。白い花びらは、冬に降る雪のように風に乗り、流れてゆく。
 ふいに、春泉の腕の中で猫が身を捩った。よほど強く抱きしめられて閉口していたものか、猫は素早く彼女の腕から脱出すると、ストンと地面に着地した。
 風のような速さで駆けてゆく猫を、春泉もまた走りながら追いかけた。
「小虎、小虎、待ちなさい」
 二ヵ月前、小虎が急にいなくなったことがある。春泉は乳母の玉彈が呆れるほどの熱心さで猫を探し回った。結局、猫は姿を消してから数日して、ふらりと何もなかったような顔で戻ってきた。
 猫がいなくなった日、春泉は小虎の姿を求め庭を歩き回っていた。そして、図らずも物置で父千福が十五歳の女中を犯しているのを見てしまった。
 あのときの衝撃は計り知れなかった。その日はずっと晩まで、食事を取る気力さえ湧かなかったほどだ。乳母は心配して、春泉にあれこれ訊ねたが、たとえ誰より信頼している玉彈にもあのようなことは話せるものではない。
 むろん、父と女中スンジョンのただならぬ仲が屋敷内で既に知られている可能性は十分あったが、何も娘の自分が父の恥をひろめて回る必要はない。
 恥、そう、あれは恥以外のなにものでもない。父の強引な商売についてあれこれと言う人は多い。父に関する噂はどれもが芳しくないものばかりだいうことも知っている。しかし、少なくとも、春泉にとっては優しい父であった。
 春泉は両親を嫌悪しているが、どちらかといえば、母よりまだ父の方に親しみが持てた。何も自分が母の美貌を受け継がなかったからというわけではないし、母より父に似た容貌だからというわけでもない。
 父は母のように春泉を無視したりはしなかった。滅多に屋敷に帰ってくることはなくても、帰れば必ず春泉に何かしらの土産を携え、膝に乗せて頭を撫でてくれた。
 春泉は土産よりも、父が自分のことを憶えていてくれる―というそのことの方が嬉しかったのだ。
 その一方で、母は同じ屋敷内に暮らしながらも、けして春泉を顧みようとはしなかった。春泉は物心ついてからでも、母の膝に乗った記憶はない。

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