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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第1章 柳家の娘

 自分以外の女に夢中になる父を、母は心底から嫌悪し、許せなかったようだ。父が幾ら寝室を訪ねてもすげなく撥ねつけることが続き、しまいには父も母に触れようとはしなくなった。父の脚が遠のいてしまったのは、母のつれない態度のせいだと言う人もいるが、その母の気持ちは春泉にも共感はできた。
 もっとも、この国では、金と地位のある男が複数の妻を持つのは当然とされている。そんな良人の行状を鷹揚に受け止め、時には妾やその生んだ子どもたちの面倒を見、相談にも乗ってやるのが正室の務めとされていたのだ。全く女の誇りや心はとことんまで無視された不文律ではあったが、哀しいことに、それが現実だった。
 が、かといって、それが母のやっていることのすべての言い訳になるとは思えない。母が屋敷に引き入れるのは、二十歳前後の若者ばかりで、娘の春泉と大差ない歳の若者ばかり。しかも、父は殆ど屋敷にいないので、母は誰はばかることなく若い恋人との情事に耽っている。いつだったか、母の部屋の前を通りかかった時、ひそやかな衣ずれの音と艶めかしい喘ぎ声が聞こえてきて―、春泉はビクリを身を引きつらせたものだ。
 思わず両手で耳を覆い、彼女は怯えた野兎のようにその場から走り去った。そのときほど、母を汚いと思ったことはなかった。父は母の浮気を全く知らない。使用人はすべて周知の事実だが、万が一にもそんなことを千福に告げれば、忽ち、母からどんなに酷い罰を与えられるかを知っているから、絶対に言わない。
 商用で多忙な合間に父が束の間の安息を求めて赴くのは妾の家で、柳家の屋敷ではない。それでも千福がたまにでも屋敷に帰ってくるのは、溺愛している一人娘の顔を見るためだけだ。
 千福もまたしたたかな男だったから、側妾との間に子どもは作らなかった。少なくとも、表向きには、千福に春泉の他には子どもはいないことになっている。だが、屋敷の女中を何度も身籠もらせたという父が大勢の愛人たちとの間に子をなさなかったというのは、どう考えても不自然すぎた。
 柳家の女中たちの噂によれば、千福は愛人たちとの間にできた子どもたちをひそかに里子に出しているのだという。相応の持参金をつけて、下級貴族ややはり裕福な商人の許に押しつけているというのだ。

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