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日曜日の夜は

第2章 夕立

 誠実そうな声に導かれて横を向くと、スーツ姿の若い男のひとが空を見上げていた。ジャケットとズボンはずぶぬれだった。

「かわいそお」

 わたしは思わず声に出してしまった。とたんに恥ずかしくなって口を閉じた。

「ハハッ、こんなのいつもですよ」

 男のひとは照れるように笑って、濡れた鞄をくしゃくしゃのハンカチで拭いていた。拭いているというよりも、水気を伸ばしている感じ。見かねたわたしはジーンズの後ろポケットからピンクのハンドタオルを取り出し、男のひとに渡した。

「タオル、使って下さい」

「ありがとうございます」

 彼が屈託なく笑う。激しい雨に打たれても、全然苦痛ではない。新しい遊びを知った子どものような笑み。見た目からして年上だが、彼の笑顔は心に焼きつくようだった。

 一生懸命に拭く姿とハンドタオルの状態が気になって、雨を眺めながらも、横目で彼を見ていた。返してもらったほうがいいのかわからない。何を話せば良いのかもわからずに、ただ雨を眺めていた。

 でももう少し雨が長引けば……などという突飛な考えが浮かび、おかしくなって笑ってしまった。

「え? 何?」彼がたずねてくる。

 わたしは首を横に振るだけで必死だった。いつの間にか、魔法にかけられたみたいにしゃべれなくなっていた。

 恋って、こんなふうに始まるのかもしれない。

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