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アルカナの抄 時の掟

第8章 「隠者」正位置

また無視されるかと思いきや、セレナは意外にも口を開く。

「…そうでもないわよ。昔はこんな生活が普通だったから」

え、とカオルが顔をあげる。と、セレナはまた口をつぐんでしまった。

それから何度か話を聞こうとしたが、セレナはそれ以上なにも言わなかった。





同じ頃、とある場所で、男女が口づけを交わしていた。何度目かの逢瀬だった。男は近くの繁みに手を入れると、唇を離した。

「…フレア。なぜあいつのそばにいる?それ以前に、なぜ皇妃などになる?俺に話もなく」
男が言った。重臣の一人で、カオルがいつか見た男だった。右大臣派でもなく、左大臣派でもなく、中立派の一人だ。

「いつまで続くんだ?…いつまで待てばいい」
捲し立てるように言うが、フレアは表情を変えない。目を閉じ、ふう、と短く息をつくフレア。

「…今日までよ」

男が口を開こうとすると、それを制するようにフレアが続ける。

「――今日で、あなたとの関係もおしまい。お別れよ。…さようなら」
背を向け、歩き出す。

「…待て!どういうことだ。フレア…!」

去っていく背中に、叫ぶ。だが、フレアは答えない。

「…俺を、裏切るのか?」

と、フレアが立ち止まり、振り返った。

「裏切っているのは、あなたじゃない」
表情を見ると、別に怒っているわけではない。何を考えているのかうかがい知れない――無表情のまま、フレアは再び離れていく。男が何度呼び掛けても、二度と振り向くことはなかった。





           第八章 完

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